マリファナはふたたび非合法化となる?タイ政府の無責任なマリファナ政策転換

マリファナはふたたび非合法化となる?タイ政府の無責任なマリファナ政策転換

2025年6月、タイ政府は方針を大きく転換した。新たに任命された保健相ソムサク・テープスティンが記者会見で、「マリファナは将来的にふたたびドラッグと分類される」と断言し、医療目的以外での使用は禁止される方針を明らかにした。タイ政府の対応は、無責任で場当たり的だ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

アジア初の解禁国がふたたび方向転換

2022年、タイはアジアで初めてマリファナを非犯罪化した国となった。保健省がマリファナを麻薬リストから除外し、個人の栽培や販売が事実上自由となったことで、タイ国内は「グリーンラッシュ」と呼ばれるブームに突入した。多くの市民がこのビジネスに参入し、観光地や都市部ではマリファナの販売店が急増した。

だが、その解禁は明確な法律や規制が整わないまま実施された。議会では解禁後に制度設計を詰めるはずだったが、法案の審議は遅れ続けた。

そのあいだに、医療用と銘打ちながら実質的に娯楽用の販売が拡大し、店舗は1万軒以上に膨れ上がった。観光客向けのマーケティングが進み、首都バンコクの繁華街やリゾート地では、マリファナの香りが漂う光景が日常となった。

解禁直後から懸念されていたのは、若年層への影響であった。学校でのマリファナ使用や、未成年者への販売が報告され、保護者や教育関係者からは強い反発が起きていた。タイ国内で医療用以外の使用は公式には認められていなかったが、実態としては処方箋なしで容易に入手可能な状態が放置されていた。

この状況に対し、2024年以降は反マリファナ派の声が急速に強まった。世論調査では、マリファナ解禁に賛成する層と反対する層が拮抗するようになり、「マリファナの野放し状態が社会秩序を乱している」という認識が広がった。

警察や医療機関からも、乱用による精神症状や事故の報告が相次ぎ、問題が表面化していった。

こうした中、2025年6月、タイ政府は方針を大きく転換した。新たに任命された保健相ソムサク・テープスティンが記者会見で、「マリファナは将来的にふたたびドラッグと分類される」と断言し、医療目的以外での使用は禁止される方針を明らかにした。

新たな保健省通知では、処方箋がなければマリファナの所持や販売はできなくなり、違反者には罰金や懲役刑が科されることになる。それにしても、なぜこんなことになってしまったのか……。

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国外からの批判も招いたマリファナ合法化

2022年のマリファナ非犯罪化以降、タイ国内では急激に販売店が増加していた。

観光地のチェンマイ、プーケット、バンコクを中心に、カフェ風の店舗や屋台形式の簡易ショップが次々に開店した。タイ観光庁によれば、2024年時点でマリファナを扱う店舗は1万店を超え、一部推計では1万8000店以上に達していた。

その背景には、法的な空白があった。政府は「医療目的」での利用を前提としていたが、医師の診断や処方を必要とする制度設計が不十分で、実際には誰でもマリファナを購入できる状態が放置されていた。

名目上は医療用としつつ、店舗では「リラックス」「よく眠れる」「気分が上がる」といった文言が並び、販売員が「これは気分が良くなるタイプ」「これは強いから初心者には向かない」などと説明していた。

さらに、未成年者への販売や、公共の場での喫煙も多く報告されていた。

教育省の報告によれば、2023年には全国で500件以上の「学生によるマリファナ使用」が学校側から報告され、深刻な問題として扱われた。治安当局は一部の違法業者の摘発をおこなっていたが、大半は取り締まりの対象にならなかった。

このような状況は国内だけでなく、国外からの批判も招いた。近隣諸国からの観光客がマリファナを持ち帰って逮捕される事件が続出し、国際問題にも発展していた。たとえば2023年末には、マレーシア人観光客がタイで購入したマリファナを帰国時に所持していたため、現地法により逮捕され、重刑が科された。

経済面では、マリファナ産業の成長は目覚ましかった。2024年時点での市場規模は約12億ドル(約1.6兆円)に達すると推計され、多くの地元農家や中小事業者が新たな収入源を見いだした。

地方ではマリファナの栽培が米の代替作物として注目され、政府の補助金制度も存在した。一部では、「マリファナこそが地方経済の再生策」と持ち上げる声もあった。だが、政府は一瞬で方向転換し、マリファナにかかわってきた人たちを切り捨てようとしている。

あるバンコクの販売店オーナーは「政府が認めたから投資した。こんな急な方針転換では生活が成り立たない」と不満を口にしているが当然だろう。

また、これまで免許不要で販売されていたマリファナについては、今後はGACP(適正農業・収穫慣行)認証を受けた農園からの供給のみが許可される。すべての店舗は販売記録を保健省に報告しなければならず、事業者にとって大きな負担となる。

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すでに10万人以上が産業に従事している

タイのマリファナ政策に大きな影響を与えてきたのは、「ブムジャイターイ党(Bhumjaithai Party)」だった。2022年の非犯罪化は、この政党が保健省を担当していたことが直接の契機となった。

同党は医療用マリファナの活用を掲げており、農業支援や地方経済の振興を目的に解禁を強く推進していた。

だが、2023年に総選挙がおこなわれたあと、連立与党内の力関係が変化した。親軍政派と結びついていたブムジャイターイ党は、2024年半ばに連立から離脱する。代わって、プアタイ党(Pheu Thai Party)を中心とする新たな政権が誕生し、マリファナ政策の見直しが本格化した。

プアタイ党は、従来からマリファナ解禁には慎重な姿勢を示していた。同党の支持基盤には、保守的な地方有権者や教育関係者が多く、マリファナの乱用や青少年への影響を懸念する声が強かった。

こうした背景もあり、政権発足後すぐに保健相に任命されたソムサク・テープスティン氏は、マリファナ規制の強化を最優先事項に据えた。

2025年6月には、同氏が署名した新たな保健省通知が発表された。内容は明確で、マリファナは「医療用に限り厳格に管理される薬草」と再定義され、娯楽用の販売や使用はすべて禁止となった。

だが、反対派の議員からは「すでに10万人以上がマリファナ産業に従事している現状を無視している」との批判が出ている。可決には時間がかかる可能性がある。一度開けた「パンドラの箱」を閉めるのは、なかなか難しいのだ。

それにしても、政権交代によって政策が180度転換される事実は重い。わずか数年のあいだに「解禁」と「規制」の間を行き来することになったのは、政治的な合意形成の不在と、場当たり的な行政対応の結果である。

結果として、タイのマリファナ政策は一貫性を欠いたまま混乱を深めている。市民や事業者は、合法と違法の境界が短期間で変動する状況に翻弄されており、法の安定性が著しく損なわれている。

マリファナにかかわる政策が、単なる保健や経済の問題を超えて、政治的な駆け引きや権力闘争の一部として扱われてきたことは否定できない。政策決定のプロセスそのものに対する不信感が、今後の社会的分断をさらに深める可能性がある。

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これは政策ではなく、ただの迷走だ

新たな政策転換によって、タイで合法的にマリファナを使用できるのは医療目的に限定されることになる。保健省の通知によれば、使用には医師、タイ中医学の専門家、あるいは歯科医などによる処方箋が必要で、処方の有効期間は最長で30日とされている。

さらに、販売は政府が認可した事業者に限られ、購入記録や使用履歴は保健当局へ報告する義務が課される。

合法化後にマリファナ産業へ参入した中小の農家や起業家は、政府の方針に従って設備投資や栽培を始めたが、短期間で一転して違法化のリスクにさらされることになった。その結果、どうなるのだろうか。

今のペートンタン政権なんか、ほとんど支持されていないのだが、こんな朝令暮改の行き当たりばったりなことをしていると、ますます市民の法的信頼を損なっていくだろう。

合法化の際には、政府が「マリファナによる新たな経済の柱」として推進してきたのだ。それを信じた人々が事業に参入した。そうした人々は、今度はいきなり政府から見捨てられた上に、撤退しないと罰金や摘発される可能性があるのだ。政策の信頼性は根底から破壊されていく。

さらに懸念されているのは、今回の制度の厳格化により、合法市場からあふれた需要が地下市場へ流れることだ。一部の業者は、すでにSNSなどで「処方不要」「秘密厳守」などとうたって販売を開始している。

あまりにもタイ政府のやっていることは稚拙だ。観光立国として外国人をもっと引き寄せるために合法化したのであれば、もうそれは政府の方針として堅持すべきなのだが、それすらも貫徹する覚悟がない。

それだったら、最初から合法化しなければよかった。

タイ政府の対応は、無責任で場当たり的であり、国家としての成熟をまるで感じさせない。自らマリファナを合法化し、観光資源として世界に売り出しておきながら、批判が強まると掌を返す。これは政策ではなく、ただの迷走だ。

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