貸金庫事件。銀行史上でも例を見ない大規模な内部犯行の動機はギャンブルだった

貸金庫事件。銀行史上でも例を見ない大規模な内部犯行の動機はギャンブルだった

貸金庫から顧客60人の財産17億円ががなくなった事件で、女性行員が逮捕された。報道を通じて明らかになったのは、彼女が多額の借金を抱えて窮状にあえいでいたことだった。しかもそれは、FX取引や競馬などのギャンブルにのめり込んで多額の損失を重ねたという銀行員にあるまじきものだった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

銀行史上でも例を見ない大規模な内部犯行

三菱UFJ銀行の元行員であり、支店長代理という肩書だった今村由香理という46歳の女は、2024年9月、東京都練馬区の支店において顧客が貸金庫に預けていた顧客の財産を盗んだ容疑で逮捕された。

2024年9月に犯行がおこわれたとされるが、余罪の捜査によっては以前から同様の手口を繰り返していたことが示唆されている。実際、今村由香理は4年半にわたって多数の貸金庫を荒らしていた疑いが強く、2024年の時点で大掛かりな違法行為が最終的に露見したという形だ。

逮捕の決め手になったのは盗まれた金塊20キロが質屋で見つかり、これが証拠として成り立ったからでもあった。この盗まれた金塊は合計約20キログラム、時価換算で約3億万円に相当する。

今村由香理は、2020年から2024年にかけて4年半の長期にわたり、60人を超える顧客の貸金庫を狙い続け、現金や金塊、さらには宝石などを盗み出したと捜査当局は断定している。被害総額は17億円以上にものぼり、銀行史上でも例を見ない大規模な内部犯行となった。

貸金庫といえば、銀行が顧客の貴重な財産を厳重に保管するために用意された設備である。本来は、窃盗とは無縁の場所とされるはずだった。

支店長代理として管理の中枢に立つ今村は、顧客の「予備鍵」などを保持していた。これは貸金庫を利用する際に必要な鍵であり、本来なら顧客の資産を死守するために厳重な管理が求められる。

しかし彼女はその立場を悪用し、預けられた金塊を持ち出して質店で現金化していたのだった。

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ギャンブルに傾注し、借金地獄へ

彼女の経歴は一見、堅実そのものに映っていた。1999年に入行し、融資部門や営業などを経て支店長代理にまで昇進。周囲からは「評価の高い優秀な行員」として見なされていたという。

ところが、逮捕後の報道を通じてあきらかになったのは、彼女が多額の借金を抱えて窮状にあえいでいたことだった。しかもその原因は、FX取引や競馬などのギャンブルにのめり込んで多額の損失を重ねたという銀行の行員にあるまじきものだった。

彼女は競馬や外国為替証拠金取引(FX)などハイリスクな投資を繰り返し、借金を積み上げては返済に追われる状況だった。

2024年の逮捕に至るまでにその負債は10億円を超え、一度は民事再生法の適用を受けているのだが、ギャンブルはやめられなかった。こうした悲惨な事情を抱えて犯行を継続し、最終的に17億円相当を奪う大事件へと発展した。

今回の事件を語るうえで見逃せないのが、今村が抱えていたギャンブル依存だ。馬券購入から外国為替証拠金取引(FX)に至るまで、彼女は短期間で大きな利益を狙えるギャンブルに傾注し、借金地獄へ陥った。

ギャンブル依存症は一度深みに入り込むと、自力で抜け出すのが困難になる疾患であり、理性的な判断能力を麻痺させる。

多額の資金を投入した際に得られる高揚感は脳内報酬系を刺激し、さらなるリスクテイクを後押しする。それが負けを取り戻すためのさらなる資金投入につながり、雪だるま式の借金を形成するに至る。

FX取引ではレバレッジと呼ばれる仕組みを利用し、手元資金の何倍もの金額を動かせる。当たればレバレッジで大金が一気に入ってくる。だが、相場が思惑と逆方向へ動いた場合、わずかな時間で大金を失うことになる。

競馬も同じだ。一度当てれば数十万から数百万円の配当が期待できる一方、外れれば負債が積み重なる。彼女はその虜となり、大きく勝てば一気に借金を返済できるとでも考えてやっていたのだろう。

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まさに、ギャンブル依存症の典型

そうした過程で2013年にはすでに700万円を超える借金を抱え、民事再生法の適用を申請している。ところが、負債の減額措置を受けてもギャンブル欲は収まらず、翌年にはふたたびFX取引などに手を出し、多額の損失を膨らませていった。

まさに、ギャンブル依存症の典型でもある。

ギャンブル依存症は精神的・経済的破滅を招くだけでなく、当事者を違法行為へと踏み込ませていく。彼女は銀行員という立場を利用し、貸金庫の鍵を不正に使って顧客の財産を奪うという最悪の行動に踏み切った。

通常の倫理感覚を保つ人間であれば、このような行為がもたらす社会的信用失墜や法的処罰の重大さを認識し、自制心を働かせる。しかしギャンブル依存症が深刻化すると、理性よりも取り返しのつかない損失を埋めたいという衝動が優位になる。

相場を張って勝てば、勝った金で盗んだ分を補填して自分のやったことを闇から闇に消せるという目論見もあったのだと思う。だが、それは「勝てば」の話だ。負ければ、ますます首が絞まる。

警察の取り調べの中で、彼女は「FX投資や競馬などで10億円以上の損失や借金を抱え、返済に困ったため窃盗に手を染めた」と供述している。やればやるほど、のめり込めばのめり込むほど損失が膨らんで、もはや正気でなくなっていたのがわかる。

競馬やFXだけでなく、パチンコやスロットといったギャンブル全般でも同様の依存症問題が指摘されており、その背後には資金が尽きた段階で借金に頼るという行動パターンがある。

利息の高い消費者金融を渡り歩き、自転車操業を続ける末に限界を迎えると、犯罪的手段に手を染める事態に追い込まれる。今回の事件は、その典型的かつ最悪の終局を象徴している。

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泥棒にカネの管理をさせるのと同じ

負けてばかりのギャンブル依存者にカネの管理をさせるのは、泥棒にカネの管理をさせるのと同じだ。不幸だったのは、彼女が銀行員であり、責任ある立場の人間であったということだった。

ギャンブル依存によって生まれた多額の負債を返済するために、銀行内部にある最高度の信用が要求される貸金庫が標的になった。しかも、内部犯行という点で悪質性が際立ち、しかも4年半もの長期にわたり計画的におこなわれたため、多くの被害者と社会に与えた衝撃は大きい。

銀行は顧客の大切な財産を守る最後の砦であるはずだが、その最前線に立つ支店長代理が裏切った事実は許されない。17億円もの被害額が示すように、個人のギャンブル依存が組織の信頼根幹をも揺さぶる破壊力を持つことが証明された。

銀行はFXなどは固く禁じている。だが、銀行は社員のプライベートを追及することはできなかった。また、彼女の供述では、2013年に民事再生法の適用を申請し、東京地裁に認可されている。

しかし、クレジットカードや消費者金融の借入れも個人情報の領域であり、銀行内部だからといって職員の私的資金の流れを無制限に調査できるわけではない。結果として、彼女の異常性が銀行の上層部には気づけなかった。

そして、追いつめられた彼女は通常の価値観を持つ者なら到底踏みとどまるべき地点を平然と超えていき、顧客資産という禁域にまで侵入するに至った。

こうした事実は、ギャンブル依存症の持つ恐るべき中毒性を浮き彫りにしている。ギャンブル依存症は本人の意志だけでは解決できないほど強力で、財産ばかりか社会的信用や人間関係をも崩壊させる性質を持つ。

ギャンブル依存が抱えるリスクは金銭的困窮だけでなく、犯罪行為へ直結する危険性にある。大量の負債を一瞬で返済したいとの衝動が、組織の安全装置を打ち破るだけの決意と行動力を生む。

周囲との信頼関係が崩れ、自分自身の未来さえ危うくしてもなお、ギャンブルによる一発逆転を夢見てしまうのが依存症の恐怖だ。今回の三菱UFJ銀行貸金庫窃盗事件は、その依存症がいかに深刻な形で表面化し得るかを示したといえる。

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