タイで成立した結婚平等法。LGBTにも結婚を保証する法律の裏側にあったものは?

タイで成立した結婚平等法。LGBTにも結婚を保証する法律の裏側にあったものは?

2024年9月24日、タイのワチラロンコン国王が署名した結婚平等法案は、2025年1月22日に施行される。これによりタイは東南アジアで、はじめて同性婚を法的に認める国となる。タイ政府はLGBTに寛容だから、結婚平等法を可決したのだろうか。いや、カネだったのか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

観光客を呼べるなら何でもするスタンス

タイは観光立国であり、観光で経済効果が得られるのであれば、できることは何でもするというスタンスを持っている。国民の懸念や不安や反対を押し切ってマリファナ合法化をおこなったのも、それで大量の観光客を呼び込めるからだ。

タイは長らくヤーバーなどのドラッグの蔓延に苦しんでいる国なのだが、それでも世界では「ゲートウェイドラッグ」といわれているマリファナを合法化したのは、それをしたら外国人が大量にやってきて観光で儲かるという皮算用があったからだ。

たしかに外国人はやってきた。しかし、このマリファナ合法化は、タイ国内に大量のマリファナ流通、依存者の急増、未成年の使用、事件の多発を引き起こして、結局は娯楽目的の使用を禁じる新法案が提出されている。

「観光客を呼べるなら何でもする」というスタンスは、タイ政府独特の感覚だろう。

この観点で、次にタイ政府が目につけたのが、世界中で広がる「LGBT理解促進」の動きである。タイ政府もこの流れに乗って「タイはLGBTQに理解のある国です」と示すために、同性愛者の結婚を認める「結婚平等法案」を可決した。

2024年9月24日、タイのワチラロンコン国王が署名した結婚平等法案は、2025年1月22日に施行される。これによりタイは東南アジアで、はじめて同性婚を法的に認める国となる。

もともとタイは同性愛者や性的マイノリティに対して寛容な国として知られ、美しいレディーボーイたちが歓楽街にひしめく希有な国だ。ブラックアジアの読者の中にも女性よりもレディーボーイを愛する男すらもいる。(ブラックアジア:【投稿】レディーボーイ・マニア。タイはLB好きの天国

こうしたレディーボーイの存在が好奇心を刺激して外国人観光客を増やしているのだが、タイ政府が「LGBTフレンドリー」であることを打ち出すことによって、さらに多くの観光客が流れ込んで経済効果が拡大することを期待している。

今回の結婚平等法案の可決についても、「観光客を呼べるなら何でもする」というスタンスを指摘する人もいるくらいだ。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから

他のアジア諸国にも大きな影響を与える

タイのレディーボーイたちのコンテスト「ミス・インターナショナル・クイーン」「ミス・ティファニーズ・ユニバース」は、世界中でテレビ放映されるくらいのドル箱コンテンツでもある。

日本では激しく議論になっているトランスジェンダーも、タイという国では「観光で使えるコマ」となっている。

ただ、ここまで彼らを観光立国のコマとして扱いながらも、権利を保障しないのもおかしな話だと思ったのか、タイ政府は「この国の寛容さを一歩進め、具体的な法的保護と平等な権利を与える」として動いたのだった。

逆にいえば、ここまでLGBTに寛容であったにもかかわらず、タイでも同性カップルは異性愛カップルと同等の法的権利を持つことができなかった。この背景には、伝統的な家族観や保守的な宗教観の影響もあった。

しかし、レディーボーイや同性愛者が目立つこの国では若年層を中心に、LGBTの許容が浸透していた。さらに国際的にも人権問題としてLGBTの権利拡大が取り上げられているので、そうした意識が結婚平等法の支持にもつながっていた。

そのため、今回の結婚平等法は下院でも上院でもほとんど反対もなく通過している。

裏の思惑が何であれ、この法案はタイで成立したのだから、LGBT界隈にとっては大きな勝利でもある。「同性愛者や性別の多様性を持つ人々が長年にわたり社会的に抑圧されてきた状況に対する是正措置としての意味を持つ」と彼らのコミュニティは述べている。

タイのこの動きは、他のアジア諸国にも大きな影響を与える可能性が高い。

タイが東南アジアで、はじめてこの法律を施行することは、これらの国々に対しても「先行者モデル」としての役割を果たす可能性がある。特に、東南アジアにおける人権問題の進展は、他国にも波及効果をもたらすだろう。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、『ブラックアジア カンボジア編』はこちらから

観光を強化するのは最重要課題だった

結婚平等法の成立を支えるデータや数字を見ると、この法案が社会に与える影響の大きさが浮かび上がる。

タイにおけるLGBTコミュニティの規模については、正確な統計は存在しない。しかし、世界銀行のデータによれば、「同国の全人口の約8%がLGBTQ+に該当する」とされている。この約560万人がこの新しい法律の恩恵を受ける可能性がある。

しかし、タイ政府が見ているのは、おそらく「経済効果」のほうだろう。笑ってしまうのは、さっそくタイ政府は経済効果の試算を出しているのだが、同性婚に伴う経済効果は年間で少なくとも数十億バーツに達すると政府は見込んでいることだ。

タイ国内でLGBTの結婚式や関連イベント、法律サービス、そして住宅購入や養子縁組に関する需要が増加する。さらに、世界中から「LGBTフレンドリーなタイで同性愛結婚をしたい」と考えるカップルもやってくる。

アンダーグラウンドの世界ではよく知られていることだが、タイは目立つレディーボーイだけでなく、多くのゲイも集結する国でもある。ゲイにとっても、タイは人気のある目的地なのだ。

結婚平等法の施行により、同性カップルがタイで法的に結婚できるようになることで、さらに多くの同性愛の観光客がタイを訪れることも予想されている。

東南アジアだけでなく、世界を見まわしてもまだ同性愛者の存在や結婚を認めない国は多いので、タイ政府にとってはこれは良いチャンスに見えている。他国が認めなければ認めないほど、真っ先に結婚平等法を可決したタイは儲かる。観光業を含む幅広い分野に経済的な恩恵をもたらす。

タイの観光業がGDPに占める割合はパンデミック以前は20%を超えていた。総雇用者に占める観光業の雇用者の割合は21%以上である。タイの観光業は国の経済と雇用に非常に大きな影響を与える重要な産業である。

だからこそ、観光を強化するのはタイ政府にとっては最重要課題なのだ。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

「寛容」の裏側に違う本音が隠されていたりする

もちろん、タイ国内でもこの結婚平等法に対する反対意見も存在した。特にタイ南部のムスリム・コミュニティにおいては、同性愛は宗教的に許容されないものであり、結婚平等法は彼らの伝統的な家族観を脅かすものとされている。

このような反発は、特に宗教的指導者たちから強く発せられていた。敬虔な年配の仏教徒の一部からも反対の声はある。伝統的な価値観を守りたい人々もいるわけで、タイ国内の全員が結婚平等法を支持しているわけではない。

結婚平等法の成立は、一見するとLGBTコミュニティにとっての完全勝利のように見えるが、実際にはさまざまな問題が潜んでいるのだ。

結婚平等法が成立したとしても、それがすべてのLGBTの人々にとって平等な権利を保証するものではないという課題もある。法案が施行されたあとも、差別や偏見が根強く残る可能性があり、彼らが直面する課題は解消されないかもしれない。

いくらタイが寛容だといっても、全員がLGBTを認めているわけでもない。タイでも建前と本音が乖離していることが多く、「寛容」の裏側に違う本音が隠されていたりする。

そもそも、「寛容」なはずのタイでも、まだトランスジェンダーが公式文書で性別を変更することもできないし、雇用、居住、医療サービスといった生活の基盤となる分野でも「区別」されている。

学校におけるいじめや差別も大きな問題となっている。多くのLGBTの生徒が、同級生や教師から偏見や暴言を受け、その結果、精神的に深刻な影響を受けている。

「ホテルの入口に、犬とトランスジェンダーお断り」と書かれていることもある。けっこう、露骨な差別である。LGBTは言葉による虐待や嫌がらせを受けることも日常だ。

今回の結婚平等法でこのあたりは変わっていくのだろうか。それとも、LGBTに対する健常者の拒絶感は払拭されることはないのか。結果は数年後に見えてくるのだろう。

ブラックアジア会員募集

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

東南アジアカテゴリの最新記事