◆変身するノック。どぎつい化粧に派手な服は内面を隠す仮面

◆変身するノック。どぎつい化粧に派手な服は内面を隠す仮面

タイ編
もう数年前の話になるが、パタヤでひとりの奇妙な女性と出会っている。彼女は名前をノックと言った。

パタヤ中央のオープンバーがひしめく通りを歩いていたら、突然目の前に現れて、”One Drink! One Drink!”(一杯だけ、一杯だけ!)と言いながら、強引にバーに引っ張った女性だった。

驚くほど派手な化粧をしていた。あまりの盛りだくさんなセクシー・ファッションで、セクシーというよりも逆に滑稽とさえ思うほどの印象だった。

誇張された派手な外見

パタヤのオープンバーの紅灯(レッドライト)で肌の色は正確に分からなかったが、それでも黒っぽい感じは受けた。

背はそれほど高くはなかったが足はやたらと長く見える。デニムのホットパンツに、ハイヒールを履いていたので、足の長さが必要以上に強調されていたのかもしれない。

へそ出しの小さなピンク色のTシャツを着ていて、細身なのに胸は異様に盛り上がっている。寄せて上げてグラマー・タイプに見せかけているのだろう。

それにアイシャドウと、塗りたくった口紅と、ラクダのような付け睫毛、挙げ句の果てに金髪と揃っていて、派手なパタヤの女たちの中でもとびきり派手な部類に入る。

しかし、それが美しいのかどうかは判断できなかった。また、それを美しいと思う男がいるのかどうかも分からない。

化粧でもファッションでも、やりすぎると異様になる。それでも、過剰を突き詰める女性が一定の割合でいる。まさに、そんな女性にキャッチされていた。

女性の容姿を見て驚いたときは、完全に拒否するか、好奇心の赴くがままに受け入れるか、自分の好みを度外視して直感的に決める。

このとき、彼女を受け入れた。

派手な外見、臆病な内面

彼女の所属するオープンバーは、表のバーのさらに奥のバーのカウンターだった。そこではカウンターの奥にひとりのママサンがいるだけで暇を持てあましているようにも見えた。

バーをひとつ奥に入っただけでもうロケーションが不利になって客が来ないのが見て取れる。

水商売も本当に微妙なセンスを嗅ぎ取らないとなかなかビジネスも難しそうだと思ったものだった。イスに座ると、彼女はすぐに隣に座った。

化粧でそうしているのか、それとも元がそうなのか分からないが、やたらと大きな目をしていた。

あまりにも派手で弾けそうな感じだ。

ところが、ふと気がつくと、どこか困惑したような表情を浮かべていて、自信のない態度をしているのに気がついた。外見の勇ましさと、表情の自信のなさ。そのちぐはぐさに、はっとした。

外見は誇張されて過剰すぎるほどの派手派手しさがそこにある。しかし、その態度は落ちつきがなく、どうしようもない不安定な気持ちを隠せないでいる。

そんな態度を、気がつかないはずもなかった。

はじめて接客する一見(いちげん)の男を前にした女性の態度は様々だ。完全に自然体でいる女性もいれば、どこかクールな表情を崩さない女性もいる。

ミステリアスな陰を持った女性もいれば、まったく気後れもない天真爛漫さを持った女性もいる。それが女性たちの内面を現す鏡になる。

その鏡を見て女性の内面をのぞき込み、そしてそれを味わって、感じて、至福のひとときを過ごす。女という生き物は皮膚の外側よりも皮膚の内側のほうが常に魅力的だ。

だから、この派手な外見の女が、臆病な内面を見せていることに魅力を感じた。

彼女は教科書通り客の名前を聞き、自分をノックだと紹介した。それから、どこから来たのか尋ねて、さらにパタヤにはどれくらいいるのかも聞いてきた。

その後に会話が途切れた。

ノックは、かなり緊張しているように見えた。会話に余裕が感じられなかったし、あまりの緊張ぶりに、こちらを警戒して窺っているようにも見えた。

女性に危害を加えるような人間ではないことを現すために、彼女にはにっこりと笑って接していた。

しかし、ノックはそれに応えることはなく、目をそらし、激しく回りの音に反応して視線を動かし、たまにちらりとこちらを見ると、恥ずかしそうに照れ笑いをして、また目をそらすのだった。

この、どこから見ても百戦錬磨の売春ルックをしたこの女が、実はまったく売春に慣れていないことはすぐに感じ取れた。

やがて、カウンターの奥にいたママサンが飲み物を運んできて、それから”Paybar, her. She is good.”(彼女をペイバーしなさいよ。彼女、いいわよ)と意味深に笑うのだった。

それを聞いて、ノックはやはり照れ笑いをして顔をそむけた。

“Just talk. and go back.”(話すだけにして帰るよ)
“Why? Go hotel with her!”(彼女を連れて行きなさいよ)

ママサンに肩をすくめて笑っていると、突如としてノックはこう言った。。

“Go with you!”(一緒に行く)

強引で命令調のママサン

唐突だったので一瞬考えたが、すぐに彼女の望みを了承した。彼女をホテルに連れて帰って、してみたいことがあった。

彼女の派手な外見を構成している服を全部脱がせ、シャワールームで化粧を全部落とさせて、虚飾のない彼女の「素顔」そのものを見てみたかった。

この派手な女の外見をすべて剥ぎとったら、何が残っているのかを知りたかった。

ただ、どこか怯えて尻込みしている彼女と一晩も一緒に過ごす自信はなかったので、彼女に「ショートタイムにしたい」と伝えた。

“Sleep with her all night, O.K.?”(一晩一緒に寝なさいよ)
“No. I wanna sleep alone.”(ひとりで眠りたい)

このやり取りは執拗に続いたが、結局折れたのはママサンの方だった。

“O.K. O.K. Up to you!”(オーケー。あなた次第よ)

やたらと強引で命令調のママサンだったが、こういうママサンは水商売の世界では珍しくない。彼女はそうやってこの荒波を乗り切って来たのだろう。その性格があって、今の彼女のポジションがある。

ノックはこのやり取りを、長い足をぶらぶらさせながら黙って聞いていた。彼女には発言権があるのだが、すべてをママサンに委託しているように見えた。

しかし、不安がそのまま顔に張りついているかのようだった。じっとママサンを凝視して、今にも逃げ出しそうだ。

ママサンがタイ語で何かを怒鳴ると、ノックは一度奥に引っ込んで小さなハンドバッグを手に提げて黙って立った。ショートタイムの金を払い、立ち上がった。

“Where is your hotel?”(どこのホテル?)

ママサンにそう聞かれたので、そのときに泊まっているホテルの名前を伝えると、ママサンとノックは顔を見合わせて早口で何かをいい合っていた。

よく分からないが、ママサンがノックにあれこれ命令しているようにも見えた。あるいは、何かあったらこのママサンはムエタイで鍛えた用心棒でもよこすのだろうか。

やっとのことで、口うるさいママサンから逃れ、ノックを連れ出した。バーからホテルまでの道すがら、いつもは雑談しながら歩くのだが、ノックは緊張したままで終始無言でいた。

メイクを取ったノックの顔

ホテルに入り、フロントで鍵を受け取って一緒に2階の部屋の前に立つと、ノックは突然、鍵を開けようとする手を遮ってじっと顔をのぞき込んできた。

驚いて彼女を見つめると、彼女はすぐに”I’m sorry.”(ごめんなさい)と言った。

何かを忘れたのか、何かを思いとどまったのか、それとも売春が怖かったのか、男が怖かったのか……。

部屋に入ってから彼女に何を思ったのか尋ねたが、彼女は結局それに答えなかった。だから、このとき彼女が何を考えて男がドアの鍵を開けるのを止めたのか、いまだに分からないままでいる。

ちょっとしたことだったが、こんなことは今までなかったことなので、このことはよく覚えている。彼女はたしかに何かを逡巡したのだ。

部屋に入って改めて彼女を見ると、やはりその滑稽なまでに濃い化粧と派手な格好が非常に目立っていて、バーにいるときよりもさらに違和感が際立って見えた。

彼女はシャワーを浴びたいというので、バスタオルを渡しながら彼女にゼスチャーも含めてこう言った。

“Take off your all makeup”(すべての化粧を落としてくれ)
“Wash wash, face?”(顔を洗っていいの?)
“Yes, yes. no make, no lipstick”(化粧も口紅もいらないよ)

本当に全部落としていいのか、と尋ねる彼女にうなずいて、本当に全部落としてくれと頼んだ。

彼女はバスタオルを握ったまま、じっと立って何か考えていたが、”It’s O.K. I don’t need your makeup”(大丈夫だよ。君の化粧はいらないんだ)と改めていうと、彼女はくるりと背を向けてシャワールームに消えていった。

彼女が勢い良くシャワーを使っている音が聞こえてきて、ひとりで笑みを隠せないままベッドで待っていた。

あの派手な外見の虚飾がすべてなくなったら、ノックはどのような女になってしまうのだろうか。

やや、長い時間だったが、やがてノックがシャワールームからバスタオルを身体に巻いたまま出てきた。

髪の毛こそ金髪だったが、それをラフに束ねてシャワールームから出てきたノックを見て、驚かずにはおられなかった。

まったく違う雰囲気になって出てくるのは分かっていたので、そこに驚きはなかったが、驚いたのはその自然な美しさのほうだ。なんと、メイクがないほうが美しかったのである。

パークワーン(甘い言葉)

“No makeup. No good.”(メイクがないと、きれいじゃない)

ノックはそういって恥ずかしそうに泣く真似をしたが、それを笑って「メイクがないほうがきれいだよ」とノックに言い続けた。

最初は下を向いて”aai”(恥ずかしいわ)といっていたノックだが、褒めて褒めて褒めまくっていると、急に彼女は素顔を上げて表情を輝かせはじめた。

本当にメイクアップがないほうがいいのかというので、本当にないほうがいいと断言した。

すると、彼女は肌が黒いから可愛くないと言い始めるので、それも否定し、きれいだ、本当にきれいだ、と彼女に言い続けた。それはパークワーン(甘い言葉)かもしれないが本心だった。

アジアの女たちは、男たちからパークワーンを聞かされて育つので、アジアにいるのであれば、外国人もまたパークワーンを言い続けなければならない。

アジアはどこでもそうだ。インドですら、女性を執拗にきれいだと言い続けないと振り向きもしてくれないだろう。良いか悪いかは別にして、アジアはそういう世界なのだ。

やがてノックはすっかり心を許しはじめて、「これは秘密だけど、わたしも化粧は好きじゃないの。本当はそのままがいいわ」と言い始めた。

でも、君の化粧はとてもフラッシー(派手)だと指摘すると、ノックは笑いながら「彼女がそうしろと言うから」と答えた。彼女というのはママサンのことだ。

つまり、ノックはママサンの言うがままの化粧をして、ママサンに言われるがままの格好をしている。あの派手な化粧と格好は、ママサンが彼女に強要していたものだった。

サコンナコンから来たノック

パークワーンが効いて彼女の警戒感が取れると、ノックは意外につき合いやすい性格であることに気がついた。

彼女はそれほど英語ができるわけではない。しかし、話し始めれば途中でタイ語がどんどん混じってとまらなくなった。 最初の格好からは想像もつかないが、根がまじめに見えた。

そして、その話の中で、見えてきたのはママサンの高圧的な態度が彼女を押さえ込んでいる姿だった。

バーで見せていた彼女の緊張感は、客に対する緊張感もあったのだろうが、下手なことをするとママサンに怒られるかもしれないという重圧のようなものもあったのだろう。

それが彼女を挙動不審にしていたようだった。

ひとりでいろんなことを話しているうちに、すっかり落ち着いたのだろう。関係を持ったあとも、彼女はずっとしがみついて帰ろうとしない。

たしかに、あのママサンのところに戻るくらいなら、快適なベッドの上でじっとしていたほうがいい。

彼女に「どこから来たの?」と尋ねると「イサーン(東北)のサコンナコン」だと答えた。

サコンナコンと言えば、本当にラオス寄りの田舎の田舎である。パタヤよりもラオスのほうが圧倒的に近い。父母はラーオ(ラオス)なのかと尋ねると、ノックは首を振って「バーにはラーオがいるけど、わたしはイサーンよ」と答えた。

そんな物語が今も静かに継承されている

英語のようなタイ語のような、両方が混じった単語を駆使して懸命に話すノックの話は分かりにくかったが、彼女の話す内容はよく分かった。

「イサーンからバンコクにやって来たけど、思ったように仕事が見つからず、しょうがないからパタヤで働くことにした」というのが彼女の身の上話だった。

「友達に誘われてパタヤに来た。まさか、セックスでお金をもらう仕事をするようになるとは思わなかった」

両親にはパタヤの売春地帯で働いていることは言っていないのだとノックは言った。それからカバンから財布を取り出すと、一枚の写真を見せてくれた。

そこにはあたかもアフリカ人のような真っ黒な肌の貧相な男が、かすれた写真に写っていた。着ているものや周囲の光景が、貧困の有様を映し出していた。彼女はその写真を指さして「これがわたしのお父さんよ」と言った。

「わたしにはお金が必要だから」

黙ってうなずき、この転落した女性を抱きしめた。ノックの話は、もうずっと昔から、いつかどこかで聞いたことのある物語だった。

田舎の貧しさに耐えかねてひとりの娘が都会に出てくる。しかし、そこでも食べていけない。やがて友達に売春に誘われる。そして最後には売春地帯で働くようになる。

その典型的な物語がまだ資本主義社会が女性に強いている現実を知る。

生活に行き詰った女性には行き場は結局そこにしかない。彼女が生まれてきたのは、肉体を与えるためである。

もちろん、女性はそれを拒絶することもできる。だから、売春地帯で暮らすかどうかは女性に選択肢があったともいうことができるだろう。

しかし、教育も縁もスキルもない女性が大都会で呆然とたたずんで、好きにしろと言われても選択肢はあまりにも少ない。結局、夜の世界に転がり落ちていく女性も多い。

あまりの貧しさに自暴自棄になったり、所持金のない不安感に耐えられなくなったり、すぐに家賃を払わなければならなくなったとき、女性たちは毅然としていられるものだろうか。

そんな物語が今も静かに継承されている。

それはありふれた物語なのかもしれないが、女性たちひとりひとりにとっては決して軽い話ではない。

やがて、ノックは疲れたようにベッドから起き上がり、鏡に向かって落としたはずのメイクをまた作り上げ、あの仰々しい売春婦ルックの派手な服装に身を包んで「変身」した。

どぎつい化粧に派手な服は女の内面を隠す仮面の役割も果たしている。ノックはそうやって生身の自分を少しでもかばっているのだろう。

ノックだけではなく、他にもそんな女がいるのかもしれない。きっと、いるはずだ。

やがて、変身した女が「さようなら」と手を振って去っていった。部屋でひとりきりになると溜め息をついて、いなくなったばかりのノックのことを考えた。

心に残っているのは、化粧のないほうのノックの方だった。

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