◆3つの悪霊を見る女。売春と、愛と、深い嫉妬の中で(2)

◆3つの悪霊を見る女。売春と、愛と、深い嫉妬の中で(2)

タイ編
ピンというチューレン(渾名)を持つ彼女がもう若くないのはその顔を見れば分かる。彼女を部屋に連れ込んで私は歳を聞いた。

“I’m old lady.”(もう歳だから)

彼女は恥ずかしそうに笑って明確に答えなかった。私は彼女に笑って、”Never mind.”(気にしてないよ)と答えた。おそらく30代の半ばだろうと推測するが、そうであってもなくても、私は本当に気にしていなかった。

レディーボーイのまだ完成されていない顔

それよりも、私が気になっていたのは、彼女のちょっと変わった独特の顔だった。

彼女は美しいような、そうでないような、端正のような、そうでないような、本当にとらえどころのない顔をしていた。眼窩は大きく窪み、鼻はタイ人にしては高かった。

何か化粧に問題があるのかとも思ったが、そうではないようだ。顔つきが一種独特なのである。独特なのだが、どこか見たことがあるようにも思った。

よくよく見つめているうちに、私はやっと分かってきた。まだ開発途上のガトゥーイ(レディーボーイ)の特徴が薄っすらとそこにあったのだった。

彼女が女性であることには間違いなかった。身体の線はとても華奢で、無駄な贅肉のない姿はしなやかで美しく、女性以外の何物でもない。

だから、私はすぐに彼女の独特の顔が、レディーボーイのまだ完成されていない顔に「近い」ということに気がつかなかったのかもしれない。

彼女は過去に整形手術をしたことがあるということだ。しかし、そのときがピークでも、やがては年と共に美しさが崩れていき、今はもう顔が歳相応に崩れていくに任せているのだろう。

そういった顔だったのだ。

目尻の皺、そして若干目立つほうれい線が彼女の歳を表していたが、青いアイシャドウに縁取られた目は力強く、そういったものもちぐはぐな感じをよけいに強くさせた。

暗闇の情事

一晩中一緒にいるのだから、化粧を落としてきて欲しい、それからもうベッドに入ってそのまま寝たいと私は伝えた。

彼女は一緒にシャワーを浴びましょうというので私は了解して彼女と一緒に服を脱いだが、彼女の下半身を見ると陰毛がきれいに剃られていた。

“Great. because No hair.”(いいね、パイパンだ)
“Sometime shave.”(時々、剃るのよ)
“Why not?”(どうして?)
“Because sexy.”(セクシーだからよ)

私が笑って”Oh sexy!”とのぞき込むと、彼女は足を広げて、挑発するように陰部を見せてくれた。

タイの女性はとても清潔で、陰部も美しい女性が多い。ピンもまた美しい性器をしていた。

一緒にシャワールームに入ると、彼女は私の身体を洗ってくれた。私は先に出て、それからしばらくして彼女が出てきた。

髪もしっかり洗ったようで、長いストレートの黒髪が濡れて瑞々しかった。私はピンをとても気に入って、疲れてはいたけれども、久しぶりに女性と一緒にいる心地良さを感じた。

いつも執拗に感じる頭痛も、このときはあまり気にならなかったと思う。私はこの奇妙な顔の女性を抱きしめて、そして何もしないでそのまま眠りに落ちた。

夜中に何か心地良さのようなものを感じて夢うつつに朦朧としたまま意識が戻ると、彼女は眠れなくて退屈していたのか、私に触って遊んでいたようだった。

私は受身のまま、彼女の為すがままになっていた。ほとんど暗闇の中で、ただ触覚だけが研ぎ澄まされていき、こういった暗闇の情事もまた甘美な時間であることを再確認した。

頭を撃ち抜いて楽になりたい

ピンは翌日の昼前までいた。彼女は一度出かけてビニール袋に入った果物の詰め合わせを買って戻ってきて私に食べさせてくれた。

まるで幼児にするように私に口を開けさせて、熱帯の果物を一切れごとに食べさせて”aroi mai?”(おいしい?)と確認するのだった。私はうなずき、喜び、彼女を抱きしめて感謝した。

「私は帰るけど、夜になったらまたあなたと一緒にいたいわ。今日もペイバーしてくれる? 来てもいい時間になったら電話ちょうだい」

私がタイで通じる電話を持っていないのでいつでも好きなときに来ていいと言うと、彼女は腕を組んで「じゃあ、好きな時間に来るわ。私が来てから携帯電話でも買いに行きましょう」と楽しそうに言った。

彼女が帰ったあと、ルームサービスが来た。清掃が終わるを待つのも面倒なので、きれいになった部屋に移動させてもらった。

荷物はほとんど持ってきていないので、バックパックをひとつ移すだけで引越しは終わる。ピンが来たらこちらに誘導するようにフロントの女に伝えて私は新しい部屋に落ち着いた。

それからずっと書き物をしていたが、やがてまた嫌な頭痛がぶり返してくるのに気がついて急いで日本から持ってきた痛み止めを飲んだ。

通常は2錠なのだが、もうずっと前から2錠では効かなくなっていて4錠くらい飲んでやっと収まる。

薬の過剰摂取が身体に危険なことくらいは、多くの人たちを見てきた私が一番よく知っていることだが、頭を撃ち抜いて楽になりたいと思うほどの頭痛が来たら、どうしても我慢できない。この頭痛から逃れるためには何だってしたいくらいだ。

昔、ヘミングウェイが頭を猟銃で撃って自殺していったという記事を読んで、どうせ死ぬならもっと現場を汚さない死に方をすればいいのにと思ったことがあった。

今では私が銃が欲しい。頭痛が来たら、それを追い払うためだけのために銃を頭に向けて、頭痛と共に命を吹き飛ばしたい。何度もそんな衝動に駆られて困るほどだ。

ピンが夜に来るまで治っていて欲しい……。そう思いながら脂汗をかきながらベッドに横たわっていたが、そのうちに不整脈で気分が悪くなって浴室に這って行き、トイレで吐いた。

こんなボロボロの身体なのに、いまだ売春地帯にいるのが信じられなかった。

馬鹿馬鹿しくて笑いたくなったり、落ち込んで泣きたくなったり、なぜこんな身体になってしまったのかと激しい怒りを感じたり、極端な感情が目まぐるしく変わった。感情が落ち着かないのも、ここ最近の私の悪い兆候だった。

濡れたあとのようなシミ

その日の夜、7時過ぎにピンはやって来たが、いささか不機嫌な様子だった。私が勝手に部屋を変えていたのが気に入らなかったようだ。

どうして部屋を変えたのかと言うので、私はルームサービスを待つのが嫌だったからだと答えた。ピンは長い間黙っていたが、とりあえずそれで納得したようだった。

もしかしたら、私が逃げようとしていると思い込んだのかもしれなかった。

私はフロントの女に言伝(ことづて)してあることを言ったが、「彼女は私が聞くまで何も言わなかったわ。もし私が聞かなかったら、何も知らないで帰っていた」と怒る。

しかし、しばらくすると彼女も機嫌が落ち着いて来て、私たちはベッドに寝そべりながら、他愛のない世間話をして時間をつぶした。

しかし、頭痛が残っていてピンの話にだんだん上の空になっていく。昨日はピンにいてもらって心地良かったが、今日はひとりでいたかった。

だから私はピンの話がひとしきり終わったあと、タイミングを見計らって「今日はショートタイムにしたい」と言った。

ところが、それを聞いて、せっかく部屋を変えたことの怒りが収まっていたピンの感情がまたもや険悪な方に振れた。

「どういうこと? 私がいない間に他の女とファックしたの?」
「してない」

彼女はベッドから降りて浴室をのぞき、しばらくすると戻ってきて今度はベッドのシーツをはぐった。

「これは何よ?」

ふと、ピンはシーツのシミを指さした。私がそれを見ると、そこには洗濯しても落ちなかったらしい濡れたあとのようなシミが残っていた。そんなシミがシーツに残っていることなど、ピンが指摘するまでまったく気がつかなかったものだった。

「これは知らない。ずっとここにひとりでいた」

私はそう言ったが何か隠しているものがバレた人間が弁解しているようなセリフだった。案の定、ピンはそれを信じず、猜疑の目で私を見つめていたが、そのシミの臭いを嗅いで腕を組んで考え込んだ。

私もそのシミの臭いを嗅いでみたが、幸いなことに洗剤の匂いしかなかった。

「もしあなたが他の女が欲しいなら、私は帰るわ。あなた次第よ」
「体調は良くないし、頭痛もする。他の女は欲しくない」
「じゃあ、どうしてショートタイムなのよ」
「体調が悪いからだよ。頭痛がひどいんだ」

本当に頭痛がひどいというのを私は “Fuckin’ headache” という単語を使ったが、やっとそれで彼女は信じてくれたようだった。

母性本能に満ち溢れている女

しかし、ピンはショートタイムは嫌だと駄々をこねて聞かなかった。そればかりか、明日はずっと一緒にいることもできると言う。

私のことを気に入ったのか、セックスも求められることもなく金がもらえることが気に入ったのか、それとも今はどうしても金を稼ぎたいから金づるの男を離したくないのか……。

どれが本音なのか私には分からない。

しかし、あまりに彼女が強硬にカンクン(オールナイト)を主張するので私は面倒臭くなって折れた。

カンクンを勝ち取ったあとも彼女はずっと腕を組んだままでいたが、やがて一緒にシャワーを浴びましょうと私に声を掛けてきた。

体力を消耗したくないのでシャワーすらも浴びたくなかったが、ピンと喧嘩するほうがもっと体力を使うので私はしぶしぶ彼女と一緒に裸になって浴室に入った。

彼女は安全カミソリを買って来ていていた。何をするのかと思うと、彼女は私の顔に石鹸の泡を塗りたくると、私の無精ヒゲをていねいに剃り始めるのだった。

散髪屋以外で女性にヒゲを剃ってもらったのは彼女が始めてかもしれない。どうもピンは甲斐甲斐しく男の世話をするのが好きなようだった。

時おり、売春地帯ではこういったタイプの女がいる。母性本能に満ち溢れているのかどうなのか、とにかく世話を焼きたくて仕方がないのである。

無精ヒゲを剃りながら、彼女は私の顎の縫った傷跡を指でなぞって”What happened?”(何があったの?)と尋ねた。

「交通事故だよ。車に轢かれて顎が砕けた」

それを聞いて、なぜかピンはおかしそうに笑った。何がおかしいのか私は分からなかったが、ピンが笑うので私も笑った。

私のヒゲを剃り終わったあと、ピンは石鹸の泡を今度は自分の陰部に塗りたくった。

ヒゲを剃ってくれたお返しに、私は彼女のほとんど生えていない1ミリほどの陰毛をきれいに剃り落として上げた。

悪霊(ピー)を見た……

私はベッドに横たわったままじっとしているだけで、ピンには電話でもテレビでも出て行っても好きにしていいと言って放置した。

ピンはすっかりくつろいで裸のままテレビを見たり、友達から電話を受けたりしていたが、基本的には私から離れずにいた。

たまに彼女の携帯電話にメールが入るので、彼女は返事を返していたが、やがて彼女は「ねえ、見て!」と携帯電話で撮っていたいくつかの写真を私に見せてくれた。

そこにはひとりの少年が写っており、写真に向かっておどけてポーズを取っていた。少し太めの楽天的な表情をした少年だった。

「君の息子かい?」
「ええ。10歳になるのよ」

いくつかの写真を見ていると、田舎の光景を背景にした年老いた女性や、あまり美しくない若い女性が映っていたりした。それらはピンの母親であったり、妹であったりした。

母親と妹はピンとまったく似ていなかった。しかし、母親と妹自身はとてもよく似ている。ピンが整形手術で鼻や頬のあたりを変えたらしいのも、妹の素顔を見ながら私は悟った。

ピンは自分からイサーンの出身であることや、バンコクに出てきてチキン工場で鶏肉の解体の仕事をしていたことや、夫が台湾の工場に仕事に行って戻って来なくなったことなどを私に話した。

そうやって底辺を転々としながら、結局売春地帯に堕ちてきてパタヤの片隅にいることを彼女は淡々と私に聞かせてくれた。

私が上の空で聞いているのを知っているので、彼女は何度も「聞いてる?」と確認しながら、同じ話を違う表現で言い換えながら話を続けた。

私は知らない間に寝ていたが、彼女もまた寝ていたようだった。

寝ている途中で心臓が乱れた脈を打ち始めて目を覚ますと、部屋の中は真っ暗だった。

それでも眠気が勝ってうつらうつらとしていると、隣で突然うなされたような声を上げたピンが跳ね起きたので、私はぎょっとして枕元のライトを点けてピンを見た。

ピンは動揺した顔をしていたが、すぐにベッドから転がり落ちるように這い出て、自分の持ってきた小さな黒いハンドバッグの中を漁ってからベッドに戻ってきた。

彼女が手にしていたのはタイ人がよくペンダントでぶら下げているような小さなブッダの像だった。何が起きたのかと思ってまじまじとピンを見ていると、やがて彼女は言った。

「悪霊(ピー)を見た……」

真夜中のパタヤ。

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