◆何かを隠し続ける女。疲れた彼女が見せてくれたものは……

◆何かを隠し続ける女。疲れた彼女が見せてくれたものは……

タイ編
パタヤは比較的安全な「欲望の街」だ。しかし、夜のビーチ通りにいる女は危険だから近寄らない方がいいとよく言われている。言われるまでもなく、よく事件の現場になっている。

歳を取った女、美しくない女が多いというのもある。睡眠薬強盗を働く娼婦も、病気を持った娼婦も、そして女装した男も、ここに揃っている。

運動靴を履いた女は盗み専門。バッグの中にナイフを忍ばせた女。スタンガンを持ち歩く女もいる。

抱きついて、金を盗もうとしてくる

中には、どこの店にも所属したくないだけの素人や、店に所属できない未成年だったりすることもある。それもまた大きなトラブルを抱える要因であるのは違いない。

ある夜、にこやかに近寄って来たのは、背の高く肩幅のあるカトゥーイ(性転換者)だった。彼女は低い声で”Hallo How are you.”(ハロー、お元気?)と言いながら抱きついて、こちらが何かを言う前に目を見つめながらキスをしてきた。

苦笑しながら離れようとすると、彼女は両手を背中に回して強く密着してきた。

バランスを取るために彼女の背中に腕を回して抱擁すると、彼女はますます強く抱きついてくる。

しかし、次第に彼女の手が下に降りてきて、尻ポケットの財布を探っているのが気配で分かった。男の注意をキスに向かわせて、その隙に財布を奪おうとしているのは明らかだった。

片手で財布を押さえると彼女の手とぶつかった。彼女は何気ないふりをして手を引っ込めて、無表情でじっと目をのぞき込んできた。

尻ポケットに手をやったのは無意識だったのか、それとも意識的にそうしているのかを探ろうとしているのだというのが彼女の表情で分かった。

タイの女たちがうなずくときによくするように、眉を上げて、すべて分かっているのだと教えると、彼女は気を取り直して媚びるような笑みを浮かべた。そして、こう言うのだった。

「ねえ、一緒にホテルに行かない?」

皮肉をこめて「金がないんだよ」と言うと、彼女は「持ってるじゃない!」と開き直った口調で言って、尻ポケットの財布を叩くのだった。


写真の左側がパタヤ「ビーチ・ロード」。夜になると、いかがわしい人たちが集うところ。

若い女性が、怯えたような表情

この通りを歩くと、売春ビジネスをしているにもかかわらず、最初は、どこか猜疑と警戒の混じった目でこちらを見つめる女が多い。

それは、やはり何かを裏に隠し持っているか、男を素早く値踏みしているからだ。

その結果、笑いかけて来る女もいれば、完全無視を決め込む女もいる。

座って客を待っているのは太って歳を取った女だった。彼女は男を見つめるが、まったくの無表情でニコリともしない。

彼女を通り過ぎると、またもやカトゥーイが何人か集まってこちらを見て笑っている。 財布を盗もうとしたカトゥーイではなく、また別のカトゥーイだ。

格好は女性なのだが、体格は間違いなく男で、そのアンバランスさが見ていて哀れを誘った。

さらに歩いて行くと、今度は若い女性が、怯えたような表情を浮かべてベンチに座っているのが目につく。

街灯はあるのだが、薄暗い空気の中、通りすがる男をおどおどとした上目づかいで見つめている。

決して派手な格好をしているわけではない。

黒いすらりとした長髪は、プロというよりも素人のような雰囲気を醸し出していたが格好はあてにならない。

歳は20代前半のように見えた。しかし、それほど若さを感じさせるほど溌剌とはしておらず、パタヤの華やかさとは対照的に陰湿なものが彼女にはあった。

それほど美しいというわけでもないが、決してひどいというわけでもない。

性格的な地味さが顔にも表れているという感じがした。オープン・バーやゴーゴー・バーに行けば、彼女よりも上のレベルの女性なら恐らく山ほどいる。

自分から取引を持ちかけない女性

しかし、このビーチ・ロードで「はぐれ売春」をしている女に強く興味を持った。どうして彼女が安全で居心地のいいバーにいないで、こんなところにいるのかが気になった。

もっと夜が更けると、客を取りはぐれた女がビーチ・ロードに来て客待ちをすることもあるかもしれない。それにしては時間が少々早いし、彼女の自信のなさや怯えた表情が何となく解せなかった。

STD(性感染症)やHIVのキャリアなのかとも思ったが、それは外見からは確認のしようがない。 立ちどまって彼女を見つめ、声をかけた。

「こんなところで何をしてるんだい?」という白々しい問いかけに、彼女は「何も……」と英語で答えた。

「ひとりかい?」と訊ねると、「ええ」と短く答えた。彼女は自分から何かを問いかけることはなく、じっとこちらを見つめたまま、決断を待っている。

男の方から取引を言い出すのを待っているのだった。単に性格が奥手なのだろうか。

彼女は確かに目立たない容姿ではあったが、売春を自分から言い出さないのは、それだけが原因ではないような直感があった。

彼女は何かを隠している。

だから、それが怯えたような、自信のない表情になって現れ、バーにも所属していないのだ……。 問題はそれが何であるかだった。そこのところに関心が惹かれて離れられなかった。

どうしようかと迷った

彼女のように、身体を売るためにその場所にいるにもかかわらず、決して自分から取引を持ちかけない女性がいることに前から気がついている。

性格云々の前に、ビジネスをする身体ではないと無意識に女が思っているとき、女は主導権を男に委ねようとする。つまり、自分が積極的に誘ったのではなく、男が勝手に自分に興味を持って取引を持ちかけた形にしたいのだ。

そうすると、彼女はこう言い訳することができる。「わたしを誘ったのは、あなたの方でしょう」

たとえば、彼女が性病やエイズに感染していたとする。責任を問われても、女はこう言うことができる。

「わたしからは誘わなかった。あなたが自分で取引を持ちかけたのだから、責任はあなたにある」

あるいは女性の身体に欠陥があったり、どこかコンプレックスを感じさせるようなものがあったとしても同じだ。

その部分を指して男が失望したとしても、女はこう言うことができる。「わたしを選んだのはあなたであって、あなたに従っただけ。わたしに失望したとしても、責任はあなたにある」

彼女の暗さや態度は、どうもそのような「良からぬもの」が隠されているような気がしてならなかった。だとすれば、彼女をベッドに誘うのは間違いの元だろう。

彼女の隣に座って、しばらく彼女を見つめていた。どうしようかと迷っていたが、その間も彼女は決して自分から売り込むことはなかった。選んでもらおうと作り笑いを浮かべることもない。

その原因は目に見えるはずだと推測

子供を産んで萎びてしまった身体を恥じているのだろうか。

いや、そんな身体の女はパタヤには捨てるほどいる。オープン・バーの女はほとんどがそんな身体の女たちで占められている。

だとすれば、やはり性病かエイズなのか。エイズなら、むしろ症状が出るまでオープン・バーにいる。

オープン・バーにいられないのだから、一見して症状が分からないものではない。裸にすると、男が驚いて店に苦情を言う類の性病だろう。

彼女が何を隠し持っているのか質問したところで、素直に答えが得られるわけがない。

性病を持っているのかどうか訊ねて、素直に持っていると答える人間は売春地帯にはひとりもいないものだ。

知りたければ、彼女と値段の合意を得てベッドに行き、注意深く観察するしかない。

症状が発露していなければ何も分からないかもしれないが、彼女は「はぐれ売春」をしているのだから、その原因は目に見えるはずだと推測していた。

値段を聞くと、彼女は”Up to you”(あなた次第よ)と言う。ショートの相場を言うと、彼女は考えもしないでオーケーした。

意を決して彼女をホテルに連れて帰った。セックスはどうでもよかった。彼女が何を隠しているのかが分かればよかったのだった。

手足は華奢だが、病的な感じはなかった

部屋に入っても、彼女は相変わらず無口で取りつく島もないほどそっけなかった。彼女はビジネスを望んでいないが、それでもビジネスしなければならない状況にある。

パタヤは観光客が集まる場所である。観光というのは金に余裕があるからできるのであって、パタヤの華やかさはそんな観光客の金が生み出しているものだ。

ところが、ビーチ・ロードのベンチに座って客を待つ彼女は、金がないのに金がどうしても必要で、意に反して暗いビジネスをしなければならない立場にある。

今、タイは途上国から中進国へと躍進し、驚くほどの経済成長に湧いて誰もが豊かさを実感しているというのに、底辺ではまだ彼女のような女たちが取り残されている。

「シャワーを浴びるかい?」

そう訊ねると、彼女はうなずいてシャワー室に消えて行った。彼女のシャワーは長かったが、それは予期していたことだった。

積極的になれないのだから、どうしてもそのようなところで時間稼ぎをしたいと思うのだろう。しかし、遅かれ早かれ、彼女はシャワー室を出なければならない。

十分以上、シャワー室に籠もっていたと思う。やっと出てきたとき、彼女はバスタオルをしっかりと身体に巻きつけて、脱いだ服を持っていた。

手足は華奢だったが、それほど病的な感じはしなかった。

黒髪は頭のてっぺんに巻き上げられてとめられ、うなじは妙な色っぽささえ感じさせた。ほとんど期待はしていなかっただけに、その色っぽさには意外な感じがした。

固く巻いたバスタオル

そのあとにシャワーを浴びに行ったが、彼女とは逆でかなり短かった。

彼女は打ちひしがれたような格好でベッドの端に座って待っていたのでベッドに促した。そこで彼女は初めてひとつの要求をした。

「電気を消して……」

言われた通り部屋の電気は消したが、ベッドわきのスタンドランプは消さなかった。

それは光量を調整できるものだったが、彼女は限界まで部屋を暗くしようとしたので、「何も見えない」と言って元に戻した。彼女が隠しているものが見たかった。

彼女はベッドに入ると、抱きついてきたが、それは積極的になったのではなく、身体を見せたくないからだ。

彼女の固く巻いたバスタオルを取ろうとしたが、彼女は協力するどころか、抱きついて妨害した。

もしかして性病ではなく、妊娠後の身体を隠したいだけなのかもしれないとも思う。性病の女は身体よりも性器を見られるのを極度に嫌がるものだ。

彼女は強硬だった。両足を使って身体を引き寄せて、絶対にバスタオルを外そうとしなかった。「お願い、このままで」とさえ言った。

しかし、その点に関しては譲らなかった。

ほとんど言い争いのような状態が5分以上続き、やっと彼女のバスタオルを取ることができた。しかし、驚いたのはその先だった。彼女はブラジャーを外していなかったのだ。

肩に回す紐の部分がなかったので気がつかなかったが、これはいったいどういうことなのか混乱した。今までブラジャーをつけて、その上にバスタオルを巻いた女は見たことがない。

メラコーマだと直感した

もしかしたら、彼女はカトゥーイなのか、という驚きが心の中に走った。しかし、普通の女性とカトゥーイを見分ける自信はあったし、彼女がカトゥーイではないことは百パーセント確信していた。

カトゥーイは誰もが人工的すぎている。

誰もが女性の特徴を誇張しすぎるのだ。そして、あまりに度が過ぎることによって、もはや男でも女でもない「第三の性」になってしまう。

彼女はそうではない。まぎれもなく素のままの女性であり、「女」には違いなかった。

とすれば、ブラジャーに覆い隠されているものに、女として彼女が「隠したいもの」があるに違いなかった。

メラコーマだと直感した。

かつて、東京・町田の売春スナックでビジネスをしていたタイ出身の女性がいたが、彼女は乳房には大きくドス黒い痕があった。

ホクロが異常に巨大化したものと言えば想像してもらえるかもしれないが、彼女の左乳房のところにそんな腫瘍ができており、触ると痛いと彼女は言った。

痛いに違いない。なぜなら、それは皮膚ガンだからである。

そんな女性を思い出して、間違いなくバスタオルにブラジャーをつけた彼女がメラコーマを隠して、それを恥じているのだろうと思った。

「問題ない。見たいんだよ」

必死になって乳房を隠そうとする彼女をやっとのことで説得し、もうどうにでもなれ、とそっぽを向いている彼女のブラジャーをゆっくりと外した。

思わず息を飲んだ。

カット・アウト

そこに見えたものに驚きを隠せず、呆然とそれを見つめるしかなかった。右の乳房が根本から完全に、まるで最初から存在しなかったかのようになくなっていた。乳首すらない。

ただ、左の乳房は見事なまでの膨らみを誇示していて、それが右側の消失した乳房と激しいコントラストとなっていた。

乳房の下部だったところには手術痕が残されていて、彼女は乳房を切除したのだというのを理解した。

「手術で cut out(切除)したのよ」

彼女はブラジャーをつけ直しながらそう言った。もしかしたら、やはりガンだったのだろうか。

「カット・アウト」という英語が、やけに流暢なのは、何度も何度もその単語を言ってきたからなのだろうか。

あるべきものがない、というのは想像以上の違和感を抱かせるものだというのを知った。

「痛くないかい?」

そう訊ねると、「ときどき、痛い」と彼女は答えた。そして、それから黙り込んでしまった。乳房がなくなってしまったことがどういうことなのか、彼女はずっと考えているに違いなかった。

彼女に両方の乳房があったとき、どんな娘だったのだろう。

きっと、今よりももっと自信に満ち溢れていて、人生を楽しんでいたに違いない。道の向こう側のオープン・バーで、やってきた男たちと明るく会話をしていただろう。

そう思うと、彼女が急にかわいそうになってきた。彼女を抱擁し、彼女の髪を傷つけないように、ゆっくりと撫でて上げた。彼女は身動きしないで、じっと天井を見つめていた。

乳房と共に彼女が失ったのは心の一部であることを理解した。彼女はただじっと天井を見つめている。彼女にはどんな言葉をかけてもいけないような気がした。

そんな女性に男ができるのは、彼女を拒絶するのではなく抱擁してあげることである。そして、気がすむまで髪を撫でてあげることだけだった。

彼女が嫌いではなかった。必死で生きなければならない彼女を嫌いになることなど、できない。

追記。

読者が送ってくれた一枚の写真を掲載します。こういった女性もいるようです。

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