◆疲れ切っていたフォーンの心理が、手に取るように見えた

◆疲れ切っていたフォーンの心理が、手に取るように見えた

タイ編
フォーンは、いろんな意味でやる気のない女性だった。小柄で、痩せているように見えて、実は日頃の不摂生がたたって、むっちりと下腹部や太ももに脂肪がついていた。

太っているようには見えないのだが、その実、下半身だけは太っている女性は多い。

そうなるのは水分の取り過ぎだと誰かに聞いた気がするが、フォーンもそうだったのかもしれない。足を組むと、どこか不格好になった。

彼女はタイ・パタヤのオープン・バーが密集する場所の一番通路側の店にいた女性だった。年齢は25歳くらいだろうか。上唇の右側が少し腫れていた。

潰瘍になっていなかったのでよく分からないが、恐らく口唇ヘルペスではないかと推測した。

笑うと急にかわいらしくなるのだが、彼女はあまり笑わない。必要以上の親しみは決して見せない。それは、他人を遠ざけているというよりも、ただ単に面倒臭いだけだというのが見ていて分かる。フォーンは、そんな女だった。

フォーンは「黒い何か」を口の中に放り込んでいた

彼女のバーは、6畳ほどの広さがあって、店の中央にビリヤードの台が1つ置いてあって、その両側がソファー、そして入口が小さなバーになっていた。

店内には4人の女性がいて、このうちの2人が私に興味を持ち、店の中に誘ってくれた。

たまたまイスに座ると、目の前にフォーンがいて、ビニールの中から何かを取り出して食べながらフィリップ・モリスをふかしていた。

どこから来たのか、ホリデーなのか、ひとりなのか、といろいろ聞かれた。日本人だと答えると、女性たちのひとりが「私、日本人、大好きよ」と抱きついて来る。

目の前にいたフォーンはそれを横目で見ながら、何か面白い冗談でも聞いたとでも言うように、ふっと嘲笑するような笑みを浮かべ、黙ってタバコを吸い始める。

そのあたりのやりとりで、その女性がいろんな人種の男にそう言っては抱きついているのだろうと察して、苦笑いを浮かべざるを得なかった。

フォーンは相変わらず「黒い何か」を口の中に放り込んで食べている。すると、ふと私を見てそれを目の前に差し出して、食べなさいよというような表情で眉をピクリと上げた。

「黒い何か」は果物の実か何かだと思っていた私は、受け取ろうとして思わず手を引いた。果物の実ではなかった。

黒焦げに焼かれた小さなカエルだった。

黒焦げに焼かれた小さなカエル。タイ女性たちは、これをスナック代わりに食べていた。

声を上げて笑ったが、すぐにまたぶっきらぼうな表情

まわりの女性たちが、少し驚いている私の反応を見て笑い、これ見よがしにカエルを数匹つまんでわざと口を大きく開けて、むしゃむしゃと食べる。

カエルは今まで何度も食べてきたが、食用ガエルの大きなものを調理されたものだったので、どうもカエルの姿そのままのものは心理的に食べにくいと思って断った。

するとフォーンはカエルの足をちぎって私に差し出した。

足を食べると、それほど違和感もなかった。カリカリになって焦げ臭い味がする小魚の身のようなものだ。私は結局カエルを丸ごと一匹食べてフォーンに笑った。

彼女はそれを見て楽しそうに声を上げて笑ったが、すぐにまたぶっきらぼうな表情になり、タバコを吸いながら遠くを見つめるのだった。

私は年中パタヤにいるわけではないので、パタヤのシーズンがよく分からない。

8月だとか12月だとかはやたらと観光客が多いが、2月や3月は比較的少ないというのは感覚的に分かる。

この時期は3月のオフシーズンに当たっているようで、客も少なければ、心なしか女性も少ないように見えた。

だから、フォーンは毎日毎日延々と来ない客を待って、いい加減やる気を失っているのだった。他の女性の嬌声や能天気な音楽がかかる中、フォーンだけは浮かない顔をしている。

話しかけてくる他の女性と会話していても、フォーンは話の輪に加わってこなかった。

ときどき、腫れている唇を無意識に舐めて、背中を丸めたり、背伸びしたりして時間をつぶし、いらいらするとサムスンの安物のスマートフォンを取り出して画面を見たりしていた。


オフシーズンの、どこか閑散としたパタヤ。

フォーンの機嫌の悪さだけは相変わらずだった

数日後、その近くを通るとこのバーの女性たちがみんな私を覚えていて、全員がこっちに来いと手招きするので、仕方がなくバーに寄った。

フォーンの機嫌の悪さだけは相変わらずで、やはり前回と同じ場所に座って何かを食べている。今度はソム・タムだった。また食べるかと眉をピクリとさせるので一口もらったが、猛烈に辛いので咳き込んだ。

それを見てフォーンはニヤリと笑った。彼女はやってきた外国人に自国の妙なものを無理やり食べさせてその反応を見るのが好きなようだ。

男がどれだけタイに適応できているのかを試しているかのようだった。そうやって男が当惑したり、困ったりするのが暇つぶしになるのだろう。

若干、性格の悪いところが彼女らしいとも言えた。

このバーにいる女性のひとりは、フォーンと対照的に、とても饒舌でファッショナブルなセンスをしていた。

彼女はタイ女性には珍しく金髪のカーリーヘアをしていて、麦わら帽子を可愛くかぶり、白人女性が好む形のサングラスをかけたり外したりしていた。スリムで、溌剌としていて、白人(ファラン)受けしそうだった。

彼女がどうしても「エイトボールをしたい」と言うので、無理やり相手をさせられていたが、20分もやっているとさすがに疲れてきた。

彼女の相手を、たまたまやって来てビールを飲んでいる白人(ファラン)に代わってもらった。このファランは彼女に気があるらしく、エイトボールをしている彼女をちらちらと見つめていたので、大喜びだった。

私はまたフォーンの前に戻った。彼女は一枚の紙を弄んでいたが、それを見るとロッタリー(宝くじ)の紙だった。

「お金持ちなんて、なれっこない」

“Become rich, give me a drink.”
(お金持ちになったら、ドリンクをおごってくれ)

それを聞くと、彼女は”Don”t become rich”(お金持ちなんてなれっこない)と言った。

ロッタリーの紙をテーブルに放り出し、それから”tired”(疲れた)と背伸びとあくびをする。

しばらく経ってから、フォーンは足で私を小突いてから、”Pai duai”(一緒に行きたい)とやる気がなさそうに言った。

売春ビジネスがしたいとか、そんなものではなく、ただ単に疲れたから男とホテルに行って、さっさと寝たいという願望だったことに笑うしかなかった。

そういういい加減で身勝手でだらしのない彼女の性格が、むしろ今の私には合っていた。私は彼女に何の期待もしていないし、彼女もそうだった。

互いの「いい加減さ」の波長が面白いように合っていた。

私が了承すると、彼女は一瞬私を睨み、今度は英語で”Go with you”(一緒に行きたい)と同じことを言った。再び私が了承すると、彼女は驚いたようだった。

彼女がショートの意味で言ったのか、ロングの意味で言ったのか分からなかったが、私はそれも聞かずに彼女をペイバーした。

フォーンと歩いていると、あちこちのバーの女性がフォーンと私を見比べて、それからフォーンに何か声をかけている。

フォーンは面倒臭そうに受け答えしていたが、バーから逃れることができたせいか、表情がせいせいしているのだった。よほど、バーに飽きていたのだろう。

好きでも嫌いでもなかったが、彼女を気に入っていた

部屋に入ると、彼女はシャワーを浴びて素っ裸を隠そうともせずに出てきて、ベッドの上にごろりと横になった。

私もシャワーを浴びて戻ると、彼女は手にリモコンを持って実にリラックスしながらテレビを見ている。

彼女にはショートでもいいし、ロングでもいいし、タバコを吸ってもテレビを見ても買い物に行っても寝ても携帯電話をしても、とにかく好きにしてくれていいと伝えた。

フォーンは少し考えてから「ロングにしたい」と答えて、それから「あなた、私が好きじゃないんでしょ?」と言ってニヤリと笑う。

好きでも嫌いでもなかったが、彼女を気に入っていた。

しかし、この微妙な心理をどのような言い回しをしたらいいのかよく分からないので、私は”I like you”(好きだよ)と単純に答えた。

フォーンはそれ以上何も言ってこなかった。だから、彼女の真意がどこにあるのかは分からない。

しかし、何となくお互いに売春地帯が面倒に思いながらもそこにいる「同類」であるという意識は共有できているようだった。

実におざなりな売春ビジネスのあと、フォーンはバルコニーのドアを開けてタバコを吸ってから戻ってきて、「パタヤには4ヶ月ほどいるけれども、もう疲れた」としみじみ言った。

バーは辞めるのかと尋ねると、彼女は長い間考えて、結局何も答えなかった。

翌朝、彼女と一緒にクイティオを食べたが、「今晩、また来るの?」と尋ねられたので「イエス」と答える。私たちはそのまま別れた。

その夜、何となく胸騒ぎのようなものを感じながら、フォーンのバーに行くと、このバーを仕切っている女性が「ごめんなさい、フォーンは来てないの」と言った。

私はニヤリとした。

フォーンはもう二度と来ないかもしれない。そうだったとしても私は驚かない。彼女は恐らく売春ビジネスから逃れられないだろうが、一ヶ所に長続きするような性格ではない。

彼女の心理状態が手に取るように見えていた。

バーの外を向きながら、やる気のない素振りで座っているフォーン。彼女のだらしのなさは嫌いではなかった。

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