大林美佐子さんを悼む。今も無数の女性が支援から漏れたところで生きている

大林美佐子さんを悼む。今も無数の女性が支援から漏れたところで生きている

大林さんは殺されたことによって多くの人に薄幸の人生を知られるようになったが、今も名もない女性が路上をさまよい歩いて必死で生きている姿がある。無数の女性が、政府や行政や支援から漏れたところで生きている。日本のどん底《ボトム》は、より哀しい光景になっていく。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

2020年11月16日に大林美佐子さんが殺された現場

先日、初台のオペラシティでゆっくりとコーヒーを飲んでから、京王バスに乗って首都高沿いに幡ヶ谷まで向かった。バスを降りて歩道橋を渡り、私が向かったのは2020年11月16日に大林美佐子さんが殺された現場だった。

大林美佐子さんの事件はとても大きく報道された。

彼女は広島県出身の女性で上京してからずっとスーパーの試食販売員などをして慎ましく生きていたが、コロナによって失職した後は家賃を払うことができなくなって、部屋を出て行かざるを得なくなった。

2020年の春頃からはホームレスになって、夜になると幡ヶ谷のバス停の小さく狭い椅子に腰掛けて身体を休めていたようだ。殺されるまでの半年間、彼女は家のない状態のまま生きていたということになる。

大林美佐子さんを殺したのは、この幡ヶ谷のバス停の近くに住む吉田和人という46歳の男だったのだが、深夜にバス停に座って身体を休めている大林さんが目ざわりだったこともあって、どこか見えないところに消えて欲しかったと述べている。

「お金をあげるからバス停から移動して」と話しかけたものの、会話にならなかった。

そこで吉田和人は痛い目に遭わせれば彼女はどこかに行くはずだと考え、ペットボトルなど入ったポリ袋に石を入れた状態で殴りつけた。

殺すつもりはなくて、ただ大林さんがどこかに行ってくれると思った末の犯行だった。しかし、石を入れたポリ袋で無防備な老いた女性を殴りつけたら深刻なことになるに決まっている。

まして大林さんは半年も路上生活を強いられていて体力も著しく消耗していたはずだ。結局、吉田和人の行為は、これまで必死で生きていたひとりの女性の命を簡単に奪ってしまうことになった。

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自分がこうなったのは自分のせいだから自分で何とかしないと

大林さんは、明らかに生活保護を受給することができたはずだった。福祉事務所に相談に行き、自分が置かれている苦境をきちんと説明することができたら、間違いなく住んでいるアパートも失わずに済んだ。

2020年のコロナ禍では大林さんだけでなく、多くの女性が経済的な苦境に落ちていた。特に接客業や飲食店などの仕事に就いている女性は多くが失職して苦境に落ちてしまっていた。

このあたりについては政府も現状を把握しており、国民の生活を維持させるための支援として「持続化給付金」をスピード給付し、それでも問題が解決しないのであれば生活保護の申請をするように周知していた。

さらに失職してホームレスになってしまった人たちを対象に、東京都も緊急一時宿泊事業やホームレス自立支援事業を行っていた。

しかし、大林さんを見ても分かる通り、誰もがこうした支援をつかめるわけではない。どんなに困窮しても、支援を受けることを考えない人もいる。

コロナ禍という社会問題の中であっても「ひとさまの世話になってはいけない」「自分が苦しんでいることを他人に知られたくない」「自分がこうなったのは自分のせいだから自分で何とかしないといけない」と思う人がいるのである。

まったく困ってもいないのに、一時給付金をもらい、持続化給付金をもらい、生活保護を受けて、面白おかしく楽しく要領良く生きている人間もいるが、その真逆に生死が危ぶまれるほどの困窮に落ちても、なおも自分の苦境に他人の手をわずらわせたくないと思う人もいるのである。

真面目すぎる人、人に助けを求めづらい人、困ったときにはどうしたらいいのか分からない人が、政府の支援からもNGOの支援からもこぼれ落ちて、ホームレスになってしまう。

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どんなにアドバイスを受けても生活保護を申請しない人がいる

生活保護を受けた方がいいと第三者の誰もが思っても、どうしてもこうしたセーフティーネットを使おうとしない人が現実には存在する。(ブラックアジア:「生活保護を受けた方がいい」と言っても、頑なにそれを嫌がる人がいる理由

改めて列挙すると、どんなにアドバイスを受けても、以下のような理由で生活保護を申請しない人がいる。

  • 助けてもらうのは「恥」、プライドが許さない。
  • 持っている不動産・自動車等を失いたくない。
  • 自分が悪いのだから、受ける資格がないと考える。
  • 生活保護を受けるのは負けだと思う。
  • 知的障害などで制度の利用の仕方がよく理解できない。
  • 離れて暮らす親兄弟や疎遠な親戚に連絡して欲しくない。
  • 「働けるのだから働け」と言われるようで怖い。
  • 区役所や、行政の手続き、説明をする気力も体力もない。
  • 税金に寄生していると思われるのが嫌だ。
  • 誰かと関わるのが怖い、できない。
  • 最初から自分にはもらえないとあきらめている。
  • 過去や経歴を思い出したくも説明したくもない。

幡ヶ谷で亡くなった大林さんは「離れて暮らす親兄弟や疎遠な親戚に連絡して欲しくない」という理由が大きかったのではないかと推測されている。自分が経済的な苦境に落ちているのを知られたくないし、自分で何とかできないのは恥だという意識もあったのかもしれない。

他にも私たちが窺い知ることができないいくつもの心理的な障害があって、支援を拒んだのだろう。

大林さんは殺されたことによって多くの人に薄幸の人生を知られるようになったが、実際には今も名もない女性が路上をさまよい歩いて必死で生きている姿がある。

奇しくも、私が大林さんの殺された現場に向かっているときにも、ひとりの女性が自動販売機のゴミ箱を漁っている姿が目に入った。通りすがる他人から顔を隠してコミュニケーションを拒絶し、淡々とゴミ箱を漁っている女性が確かにいた。

今も無数の女性が、政府や行政やNGOの支援から漏れたところで生きている。こうした人たちが増えれば増えるほど、「日本のどん底《ボトム》」は、より切実で哀しい光景になっていく。

日本の行く末を案じつつ、そして大林さんのことを思いつつ、彼女の亡くなった小さな小さなバス停の片隅で花を手向けて手を合わせてきた。この日、雨が降る予定ではなかったはずだが、雨がはらはらと落ちて路上を濡らした。

野良犬の女たち
『野良犬の女たち ジャパン・ディープナイト(鈴木 傾城)』

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