◆京都ゼロ番地。京都の裏側・陰・闇を具現化した「見捨てられた場所」のこと

◆京都ゼロ番地。京都の裏側・陰・闇を具現化した「見捨てられた場所」のこと

京都は部外者には窺い知れないほど独特な街である。長い歴史、長い文化、文化が織りなすしがらみ、内側と外側の峻厳たる区別、貴族と賤民(せんみん)、聖と穢、華美と汚濁……すべてが渾然一体となってそこに存在している。

京都は観光地であり、多くの観光客が寺院や伝統を見て回る。そこには豪華で絢爛たる世界がある。その華やぎは全世界に轟いており、その豊穣な精神性と相まって人々を惹きつける。

しかし、観光客が見るのは「表側」の歴史であり、文化でしかない。

京都は「裏側」の歴史もある。多くの観光客が決して見ない「陰」がある。暴いてはいけない「闇」がある。

以前、私は京都の龍安寺を訪れて、枯山水の哲学や、蹲踞(つくばい)に刻まれた「吾唯知足」にとても深く感銘を受けて、これこそがすべての人が知るべき正しい生き方であると確信したことがあった。

しかし、同時に私は東南アジアや南アジアで知り合った絶対貧困に暮らす人々のことが何人も脳裏に浮かび、この哲学「吾唯知足=自分はすでに満ち足りていることを知れ」という哲学が非常に残酷なものになり得ることも感じたのだった。

どういうことか。

この世には、明らかに「満ち足りていない人」「見捨てられた人」「這い上がれない人」が存在しており、彼らに「自分はすでに満ち足りていることを知れ」というのは、「足りていない中で苦しみながら生きよ」と言っているも同然のものだからだ。

茶道は「わび・さび」を説く。しかし、それは持っている者を戒める哲学であり、最初から何も持たず、社会の底辺に貶められていた人を対象にしていない。これこそが、京都の裏側であり、陰であり、闇でもある。

何も持たざる者は表側の人間は存在がない。見えない。ゼロである。だから、京都にはかつてゼロの人たちが住む「ゼロ番地」もあったのだ。すでに、この「ゼロ番地」という地名は消されたが、存在はそこにある。

そこには、京都らしい伝統、文化、華美さ、豪華さ、絢爛さ、緻密さなど何もない。なぜなら、裏側であり、陰であり、闇だからだ。見捨てられた場所だったからだ。

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