◆彼女は、とても端正な顔をしていたのに客がつかなかった

◆彼女は、とても端正な顔をしていたのに客がつかなかった

タイ編
2005年頃だろうか。一時期、ずっとフィリピンの売春地帯アンヘレスに入り浸っているときがあった。アンヘレスはマニラから車で1時間30分ほど走ったところにある。

今や巨大なショッピングモールなどができて発展した街になったようだが、2005年頃のアンヘレスは売春地帯しか見所が何もないような場所だった。

そこの雰囲気が、なぜかタイの売春地帯パタヤを思い起こさせた。そのせいか、アンヘレスに倦んだ後は、自然とタイのパタヤに足が向くようになっていた。

それまでパタヤにはそれほど思い入れはなかったが、観光地化してしまったバンコクのパッポンに失望し、ナナ・プラザにもソイ・カウボーイにも飽きてしまった私に、居場所はもうパタヤしか残っていなかったのだ。

アンヘレスからパタヤに軸足を移していた頃、私はもうブラックアジアの「売春地帯をさまよい歩いていた日々」を書かなくなっていたが、生活はまったく何も変わっていなかった。私は売春地帯に沈没し続けていたのである。

MP(マッサージ・パーラー)に勤める女性

この頃、知り合って今でもよく覚えている女性がいる。北パタヤのサバイルームというMP(マッサージ・パーラー)に勤めるサーヤンという名前の女性だった。

MP(マッサージ・パーラー)とは、日本で言う「ソープランド」に非常に近い形態を持った風俗店のことである。店に入ると、まず雛壇で女性を選ぶ。その後、個室で女性と一緒に浴槽に入り、マットやベッドで性的サービスを受ける。

こういった店がバンコクにもパタヤにもたくさんあって、多くの男たちが利用している。

私自身は日本のソープランドもタイのMPも、まったく関心がなかったが、それは私が求めていたのは昔ながらの殺伐とした売春ビジネスであり、性サービスではなかったからだ。

「売春ビジネス」と「性サービス」は同じようなものだと思うかも知れないが、私の中ではまったく違っていた。東南アジアの売春宿にいる女性たちは、日本の風俗のように至れり尽くせりの「性サービス」はしない。

彼女たちは基本的に「肉体を提供する」だけで、それ以上でもそれ以下でもない。早い話が、裸になってベッドに寝転がっているのが「売春ビジネス」なのである。

女性は男と意気投合すればセックスにも積極的になる。気分が乗らなければ、そっぽを向いて身動きすらしない。

気に入れば人間的な付き合いになるし、気に入らなければ男が射精するとすぐに部屋を出て行って戻って来ない。それが売春ビジネスだ。

しかし、「性サービス」は男がどうであれ、一連のサービスを女性が提供し、男はベルトコンベアに乗った商品のようにじっとしていれば、サービスの巧い下手はあっても、射精まで面倒を見る。サービスがマニュアル化されている。そこが、売春ビジネスとは少し違っている。

マッサージ・パーラーの光景。ここで女性を選び、個室に向かう。

サーヤンと初めて会ったのは、ビーチロードだった

私自身は、マニュアル化された「性サービス」で自分がベルトコンベアの商品のようになるのが好きではない。そもそも「性サービス」よりも「堕ちた女性そのもの」に深い関心がある私には、求めているものが大きく違っていた。

そんな私が生まれて初めてMPに足を向けたのは、パタヤの「サバイルーム」で、それはサーヤンという女性に会うためだった。実はサーヤンと初めて会ったのは、このMPではない。ビーチロードだった。

ビーチロードは、今も昔もフリーの売春女性がたむろする場所なのだが、夕方頃、近いのマクドナルドでジャンクフードを食べて、腹ごなしにビーチを散歩しているとき、彼女と目が合った。

今となっては、私がサーヤンのどこに関心を持ったのか覚えていないのだが、ビーチの端で何か短い話をして、悪い女性ではないと感じて彼女と一緒に過ごすことに決めたのだった。

彼女が他の女性と違ったのは、自分から「一緒にシャワーを浴びる」と言ってシャワールームについてきて、私の身体をていねいに洗ってくれたことだった。

あまり、そういったタイ女性はいないので珍しいと思っていると、彼女はベッドの中でこのように言った。

「わたし、マッサージ・パーラーで働いているのよ」

MPで働いていても、客が取れない日が数日続くと生活が苦しくなる。そういったときはビーチロードでストリート売春をする。彼女は、そうやって生計を立てている女性だった。

彼女は痩せていて端正な顔付きをしていたが、彼女にはひとつ欠点があった。それは「にきび」だった。小さなにきびが両頬に点在していて、それが彼女を悩ませていた。

パタヤのビーチ・ロード。今でもここには多くの売春女性がいる。

売春地帯では、肌の荒れた女性はとても嫌われる

売春地帯では、肌の荒れた女性はとても嫌われる。セックスが肌と肌の接触であることを考えると、それは致し方がないことなのかもしれない。

にきび体質の女性は珍しくない。にきび体質の女性は往々にして、にきび痕が残っていることも多く、それがよけいに女性の肌を汚れているように見せる。

サーヤンは目が覚めるほどの美人ではなかったが、それなりに端正な顔をしていて、普通であればモテたはずなのに、にきびのせいで敬遠されていたのだった。

本人もそれを自覚していた。だから、彼女は「わたし、肌が良くないから、駄目なのよね」と落ち込んでいるのだった。

“I’m no good.”(わたし、良くないの)と言いながら自分の頬をそっとさするサーヤンは、「でも、わたしはノー・エデュケーション(教育もない)だから、この仕事しかできないし」と自嘲して、売春地帯の底辺でさまよう人生を嘆くのだった。

あまり知られていないが、タイもれっきとした学歴社会である。学歴のある女性と、学歴のない男性では、学歴のある女性の方が絶対的に立場が上になる。それくらい、タイは学歴が絶対的なものである。

タイの企業では「高卒だが経験も実績もある」というのは通用しない。学歴がすべてで、しかも出身校でもランクがはっきりと分かれている。

ある意味、日本以上に学歴社会であると言える。

そういった世界だから、タイで「教育がない」というのは、永遠に良い仕事、良い給料を得ることができないことが決定付けられていると言ってもいい。

学歴もない女性は、自営でがんばるか、底辺の仕事を永久に続けるしかない。

サーヤンの「わたしはノー・エデュケーションだから」というのは、そういった重い現実が込められていた。

売春地帯で働くのは、学歴のない女性のもがき

学歴がなく、浮かび上がれない女性が、大金を得る方法があるとしたら、最も手っ取り早いのは「夜の世界」に堕ちることである。容姿さえ恵まれていれば、夜の世界で成功できる可能性がある。

特に、外国人好みの容姿であれば、玉の輿の乗ることすらも可能だ。白人(ファラン)の多くは金持ちだというイメージがタイにはあるので、ファランと結婚するというのは無学のタイ女性にとっては人生の一発逆転ゲームである。

しかし、現実はそれほど甘いものではなく、「夜の世界」に堕ちれば堕ちたで、悪い男に食い物にされ、思うように客がつかず、店には搾取され、アルコールで身を持ち崩していく。

サーヤンもまた「夜の世界」に堕ちたが、それで成功しているとはとても言い難い状況であった。その原因が「にきび」だったのだ。

たかが「にきび」だが、彼女にとっては切実な問題だったの違いない。

サーヤンには「俺は気にしていないよ」と言って、「じゃあ、また明日会おう」と提案すると、彼女は明日はビーチロードにいるかどうか分からないというようなことを言った。

「サバイルームに来てくれたら、いるかも……」

それを聞いて、MPにまったく関心のない私は返答に窮したのだが、サーヤンはそれを見て、自分がそれほど気に入られていないと勘違いしたようだった。

「わたし、知ってるわ。日本人はみんなバタフライだから」

その後、サーヤンと別れたのだが、何となく彼女のことが忘れられなかった。サーヤンは性格も良くて、私は本当に彼女のにきびなどまったく気にしていなかった。

それで、私はあまり気乗りしなかったが、翌日、生まれて初めてMPに行った。案内役の男に促されながら雛壇に座る十数人の女性を見ていると、厚化粧の女性が食い入るようにこちらを見ていていた。

目が合うと彼女はニヤリと笑った。

ビーチロードで会ったときとはまったく雰囲気が違っていたが、すぐに分かった。それが、サーヤンだった。私は彼女を指名して、雛壇から出てきた彼女と共に部屋の奥に向かった。

“You, come !”(来たのね!)

彼女は本当に私が来るとは思っていなかったらしく、嬉しかったのか笑いが止まらなかった。

私がMPに足を向けたのは、これが最初で最後だった。その後、しばらく私はパタヤにいたが、彼女はビーチロードに来なかったので、MPが彼女との最後になった。

今も、彼女のことをたまに思い出す。もう、にきびは治ったのだろうか……。

パタヤ、ビーチロードに立つ女性。今日も、学歴のない女性が、何とか生きていくためにここに立っている。

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