今の経済的立場よりも上に行こうとする人よりも、現状維持を望む人が多い理由

今の経済的立場よりも上に行こうとする人よりも、現状維持を望む人が多い理由

ほとんどの人は年収がどれくらいであれ、それぞれ今の社会的立場で食べていけている。その中で、できることを精一杯にやって生きている。そして、ほとんどの人は社会的なポジションをどんどん上げていくのではなく、同じところにずっといて人生を終えることになる。平たくいえば、ほとんどの人の生活や人生は変わらない。経済的なポジションで言えば、劇的に、それこそ生活が一変するほど経済力が上がる人は稀だ。なぜか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

自分もまた「馬鹿じゃないのか」と上に思われている

まだ貧困のどん底(ボトム)に落ちていない人は、そこに落ちてしまった人を見て「なんで這い上がる努力をしないのか」「なんで向上心を持たないのか」「なんで流されて生きているのか」と言ったり、考えたりする。

「もし、自分が貧困のどん底に落ちたら、絶対にあらゆる手を尽くして這い上がってみせる」と自信満々に言う人もいる。しかし、これは人それぞれの事情が分かっていない人の言葉であると私は思っている。

たとえば、年収300万円台のサラリーマンが年収100万円台の非正規雇用者を見て「なんで這い上がる努力をしないのか。非正規雇用で働いているのが駄目なんだ。正社員で働ければ300万円台にいけるのだから正社員になれるように努力しろ」と言っていたとしよう。

しかし、年収1000万円のエリートサラリーマンは、その年収300万円台のサラリーマンを見て「なんで這い上がる努力をしないのか。300万円の年収で働いているなんて駄目だ。良い大学を出て良い会社に入ったら1000万円台になれるのだからそうしろ」と言っているかもしれない。

しかし、その年収1000万円台のエリートサラリーマンを見て、年収1億円の会社経営者は「なんで起業して会社経営をしないのか。他人に使われて働いて1000万円台なんて馬鹿じゃないのか。1億円の年収が欲しかったら起業しろ」と言っているかもしれない。

しかし、資産1000億円もある資産家は、その年収1億円の会社経営者を見て、「まだ身を粉にしてリスクの高い会社経営なんかやっているのか。会社なんか景気が悪くなればいつでも吹き飛ぶんだから、そんなことに人生を賭けているなんて馬鹿じゃないのか」と言っているかもしれない。

自分の下の人を見てあれこれ偉そうに何か意見をしている人もいるかもしれないが、そういう人は自分もまた「馬鹿じゃないのか」と自分よりも上のポジションにいる人間に言われていることに気づくべきだ。

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人々は意図的に「現状維持」を望む

ほとんどの人は年収がどれくらいであれ、それぞれ今の社会的立場で食べていけている。その中で、できることを精一杯にやって生きている。もちろん、「もっと収入が上がって欲しい」と誰もが思っているはずだ。

しかし、ほとんどの人は努力して経済的なポジションをどんどん上げていくのではなく、同じところにずっといて人生を終えることになる。平たくいえば、ほとんどの人の生活や人生は変わらない。

劇的に、それこそ生活が一変するほど経済力が上がる人は稀だ。なぜなら、人々は意図的に「現状維持」を望むからだ。

その理由は簡単だ。「現状維持」はある意味、もっとも安全な生活が約束される行動だからである。何もしなければ何も変わらない。何も変わらないというのは、少なくとも今の生活が続くということだ。

現状維持は、少なくとも今の生活が続けられるという意味では安全なのである。

もっと経済的に豊かになろうと思って、何かに挑戦するのは大きなリスクだ。経済的に上のポジションに行こうと思えばいろいろな難関が待っているし、それを乗り越えることができないことも多いし、下手したら今の安定すらも失うかもしれない。

たとえば、年収300万円台は収入としては少ないかもしれない。しかし、夢を追うとか、転職するとか、起業するとか、そのような「挑戦」をしたら、その300万円台すらも失うかもしれないのだ。

さらに、失敗したらプライドも失うかもしれない。まわりに嘲笑されるかもしれない。そういうことは、しばしばある。

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挑戦するというのは非常に疲れること

今のポジションで何とかほどほどに生きてけるのであれば、人々はその「ほどほど」で満足する。不満があったとしても高望みしない。挑戦するというのは非常に疲れることだし、エネルギーもいるからだ。

やらなくてもいいことをやっているので緊張感がずっと続く。当然だが、それは大きなストレスなのである。生活の中にストレスを24時間持ち込みたいと思う人はそうそう多いわけではない。

たとえば、普通のサラリーマンが何かちょっとしたビジネスのアイデアを思いついたとしても、それで起業するのは並大抵の決意では成り立たない。仕事が増え、リスクが増え、猛烈なストレスが降りかかるからだ。

事業をするなら資金調達もしなければいけないし、銀行や協力者に頭を下げて資金援助を得なければならない。そして、資金援助はしばしば断られる。客もつくかどうかも分からないし、事業が計画通りいくかどうかも分からない。

何もしなければテレビでも見てのんびり過ごせた時間を、下手にビジネスなんかやってしまうと朝から晩まで死にもの狂いで働かなければならなくなる。しかも、大失敗するかもしれない。

身近にいる人も、誰かが余計な挑戦をしようとしたら大反対する。その筆頭が配偶者であり、家族である。

「起業するのはいいけど、失敗したらどうするの? 食べていけなくなったらどうするの? 今のままサラリーマンをやっていたら何とか生きていけるじゃない」

恐らく同僚や上司に相談しても「リスクが高くないか?」と反対するだろう。「大いにやれ」と言う人はいない。そんなことを言ったら失敗の責任を取らされるかもしれないからだ。

挑戦するというのは、そういう事柄が怒濤の如く襲いかかってくる。それはストレスではないだろうか?

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挑戦することでストレスまみれになっていく?

「這い上がる」というのは、どうしても挑戦が必要だ。しかし、挑戦は成功を約束されていない。むしろ失敗する可能性の方が高い。ストレスとプレッシャーに耐えて突き進んでも、壮大な金と時間の無駄に終わって砕け散ると、まわりにこのように言われる。

「ほら、言わんこっちゃない。余計な挑戦をするからだ」

上を見てこんなことになるのであれば、「ちょっと金は足りないかもしれないが生きられている」というところで我慢するという人が大勢になったとしても不思議ではない。「今のままでいい」と思うのである。

それを現状維持というのだ。

現状維持をしていれば、余計な緊張感を生活に持ち込まなくても済む。ストレスにさいなまれないで済む。どの階層でも、そこから上に行こうと思ったら「無謀な挑戦」が必要になって、それが大きなストレスになる。

だから、「下手なことをしない」「何も挑戦しない」ことでストレスから逃れることができる。人間の人生が劇的に変わらないのは、そのポジションでいればストレスを感じないで「そこそこ」い生きていけるからでもある。

人々は現状維持が最もストレスを感じないで生きられると経験則で知っている。だから、今のポジションを現状維持で続ける。

それが良いとか悪いとか言うつもりはない。人は誰でもストレスを感じる生活よりもストレスのない生活を選びたいというのが本望だ。何かに挑戦して失敗して泥まみれになるのも辛いし、プライドが傷つくのもつらい。

何もしなければ、生活は変わらないがストレスはない。多くの人は無意識にストレスを避ける選択をする。つまり現状維持を選ぶ。だから、人々は自分が望んだ通りの現状維持を実現しているという話になる。

『野良犬の女たち ジャパン・ディープナイト(鈴木 傾城)』

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