夜の世界にいる女の華は、命は短いかもしれないが強烈な輝きを放つ

夜の世界にいる女の華は、命は短いかもしれないが強烈な輝きを放つ

タイ・バンコクの売春カフェ『テルメ』では、意外に何年も店に出入りする女性が多い。

かつて私はここでひとりのウブな女性と知り合ったのだが、期間を置いて何度も会うたびに彼女が変わっていくのを期せずして観察することになった。(ブラックアジア:売春バー・テルメの女性。出会っては別れ、別れては出会う

黒髪で上品だった彼女は次第にテルメの他の女たちに影響されていき、首筋にタトゥーが入り、化粧も厚くなり、やがて髪の毛の色も明るい金髪に変わっていった。朱に交われば赤くなる。彼女は真夜中の世界に交わった。

テルメではもうひとり印象に残った女性がいたのだが、その女性もまた、最初はとても優しく明るい雰囲気だったのに、最後に見たときは凶悪で孤独な空気を醸し出していた。

私は売春する女たちとは刹那的な関係にとどめているので、知っている女性が「夜の女」に変わっていく姿はなかなか見る機会がない。それでも、テルメの知った顔が変わっていくのを見て「やはり朱に染まれば赤くなるのだ」と感じたのだった。

それは私自身にも言える。私もきっと夜の空気を吸って人間が変わっていったはずだ。自分では気づかないところで、私は夜の影響を受けた。

誰もが自分のいる環境に強い影響を受ける。だから、自分がどこにいるのかを自覚するのは、とても重要なことでもある。自分のまわりの環境が自分自身の人生になるからだ。

知らない間に自分が「違う自分」に変わっていく

新しい環境に移り、そこで長くいると、少しずつ人間の感受性は変わっていく。

たとえば、地方で暮らしていた人が都会で暮らし始めると、そこは同じ国でもまったく違う世界だから感受性が激変する。

考え方も変われば、ファッションも変われば、食べ物も変われば、話し方も変わる。そういったものが微妙に積み重なっていくと、以前の自分とは違う「新しい自分」ができる。

場所が変わったら、人間は変わっていく。いや、仕事が変わっただけでも人間は変わる。新しい環境に身を置くというのは、「自分が変わる」ということなのだ。

しかし面白いのは、自分では変わった自覚はほとんどないことだ。新しい世界に馴染もうと努力しているうちに、気が付けば以前とは微妙に違う自分になっている。

変わっていないと思っても変わっている。それに気付くのは、たまに「かつていた場所」に戻った時である。

風俗に長くいた女性が表社会(カタギ)に戻ろうと決意して化粧や服装を変えてどこかの普通の会社に潜り込んでも、何か落ち着かない気持ちになって風俗に戻りたいと言い出すのはよくある話だ。

かつて表社会で働いていた女性であってもそうだ。そこに戻っても、表社会に微妙な違和感を感じる。うまく溶け込めない。

それは、知らない間に自分自身が「違った自分」に変わったという証拠である。そして「ここでは生きられない」と感じて、また風俗の仕事に戻っていく。

知らない間に変わってしまった自分。過去の場所に戻っても、そこにいられなくなっていると感じる自分。自分が悪い環境に適応したら、今度はかつていた場所が自分に合わなくなっている。

戻れないというのは、そういうことなのだ。

タイ・バンコクの売春カフェ『テルメ』。何十年も前から存在し、今も売春する女たちがここに集う。

「良い方向」に変わりたいのであればどうするのか

その世界に馴染むというのは、その世界の人間になるということである。そこで「自分」が形作られると、知らずして意識の変容が起きて、過去の世界に戻れなくなっていく。

人はそうやって自分の人生が変わっていく。環境が変わり、否が応でも自分の感受性も、考え方も、哲学も、生き方も、新しいものになっていく。

都会にいれば都会の人間になる。真夜中の世界にいれば真夜中の人間になる。知的な世界にいれば知的な人間になる。

どうせ人間が変わってしまうのであれば、「良い方向」に変わって欲しいと誰しもが考えるはずだ。これは意外と自分の人生を考える上で重要な要素でもある。

「良い方向」に変わりたいのであれば、当たり前の話だが「自分にとって良い場所」にいるべきなのだ。そうすれば、良い場所から良い結果がもたらされる。

どの場所が理想なのかは人によって「まったく」違う。名門大学を出て一流企業に勤めてもそれで実りある人生が送れるとは限らない。芸術の道に歩みたい人が会社員になっても満足できない。

夜の世界は悪い世界とは言うものの、必ずしもその人にとって悪い世界とは限らないこともある。夜の世界で水を得た魚のように自由になれる人もいる。

人はそれぞれ人生の目的と性格が違っている。だから、他人にとっての意見や感覚はどうでもよくて、何が良くて何が悪いかは自分で選ばなければならないことでもある。

それを見極めた上で「良い場所」に移れば、自分自身が良い方向に変われる可能性が高い。

逆に言えば、「自分にとって」悪い場所にいれば、それは悪い結果をもたらすことが多いということでもある。

「悪い場所」にいても、やはり自分自身は知らずして「新しい自分」に変わっていく。自覚がなくても、無意識に人間は適応しようと自分を変えていき、「新しい自分」になっていく。

しかし、自分にとって悪い場所に合わせて自分が変わるのだから、それが自分の人生に次々と悪い結果を生み出し、最後にはどうしようもなくなっていく。

売春カフェ『テルメ』は地下にある。この階段を降りていく女たちは堕ちた女たちでもある。この階段を降りていくことに慣れた女たちは、もう元に戻れない。

悪い場所に適応した新しい自分が邪魔して戻れない

社会では「悪い場所」と言われている場所でも、自分自身にとって最適な場所かもしれない。夜の世界でしか輝けない女性も確かにいる。

しかし多くの女性は、それが自分にとっては「悪い場所」であることに気付く。そこにいると得られるものよりも失うものの方が多いことに気付く。自分の人生を破壊してしまう場所であると思う。

ところが、そこに馴染んでしまったら抜けられない。自分自身が知らずしてそこに適応して、かつての自分とは違う自分になってしまうからだ。

売春ビジネスや風俗に堕ちた女たちは、そこから抜け出しても何かあったら再び戻ってくる。

売春や風俗の世界で、40代や50代になってもそこにいるのは、若い頃に染まった女たちである。いったん抜けてもまるで引き返すように戻ってくる。

「水に染まったのね」と言った女性がいた。

その世界に染まってしまった女性たちは、そこに堕ちて自分自身が変わってしまったことを自覚している。悪い場所で覚えた多くの経験が自分を形作ってそれを壊せない。真っ赤に染まったキャンバスを真っ白に戻せない。

そこが自分にとって「良い場所」であっても、「悪い場所」であっても、そこにいればそこに馴染む。そして、いったん馴染んだら、昔に戻ることが難しくなる。

間違った道を遠くまで行ったら引き返すのに時間がかかるが、最初から正しい道を行っている人は引き返す手間がないのでより遠くにいける。

そうであれば、最初から「自分にとって良い場所」にいることができた人は幸運だ。正しい道を自分で選べた人は称賛に値する。それはとても素晴らしいことだ。

そうでなければ、どうするのか。戻れないのであれば、その世界で覚悟して生きるしかない。悪い場所で生きるのが自分の宿命だったと開き直るしかない。

身体を売って生きている女たちの中には、もはや戻れないことを知って開き直って生きていることもある。その悪の華は命は短いかもしれないが、強烈な輝きを放っている。

戻れないのであれば、その世界で覚悟して生きるしかない。悪い場所で生きるのが自分の宿命だったと開き直るしかない。身体を売って生きている女たちの中には、もはや戻れないことを知って開き直って生きていることもある。その悪の華は命は短いかもしれないが、強烈な輝きを放っている。

 

売春地帯をさまよい歩いた日々 タイ編

 

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