◆鈴木傾城スモールトーク(2)私の心が壊れかけていた25歳頃の個人的な話

◆鈴木傾城スモールトーク(2)私の心が壊れかけていた25歳頃の個人的な話

人は誰でも自分にとって最も合理的である生き方をしようと考えるので、その時々で最適な一手を選んでいるつもりで何かを決める。しかし、「最適な選択」と思った一手は後で振り返ると、とんでもない悪手だったというケースがよくある。

私も明らかに人生において「間違った選択」をして、数年間も苦しみもがいていた時期があった。それが20代の半ばだった。

20代の前半、私は日本社会からドロップアウトしてタイにのめり込んだ。私は今でもそうなのだが、何かに没頭したら止まらない性格で、20代の前半はタイの首都バンコクのディープな歓楽街に深くはまり込んで抜け出せなかった。

しかし、それは私にとって「間違った選択」ではなかった。

20歳から23歳までの3年間で私は完膚なまでに堕落して社会の裏側に転がり堕ちていったのだが、皮肉なことに自分の人生を振り返ってみると、この3年間こそが私にとっては”Stay Gold”(キラキラと輝いていた日々)だった。

おおよそ普通の20歳前半の若者とは思えないほどの快楽と堕落と転落を、私は存分に吸収して火花のように燃え上がって生きていた。

次から次へと現れる熱い身体をした女たち。刹那的な愛。感傷。太陽。マリファナ……。これ以上、何を求めるのかというほど私は堕落の世界にのめり込んで生の充実感を味わっていた。

とは言いつつも、私がのめり込んでいたのは東南アジア最大の堕落の街バンコクだった。ある時、「こんなところでウロウロしていたら破滅する」と私は思った。

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