必死で働いて15万円と、生活保護をもらって15万円。どちらを選ぶのが合理的か?

必死で働いて15万円と、生活保護をもらって15万円。どちらを選ぶのが合理的か?

いかなる理由があっても、生活苦でもがいている人を放置するのは人間的ではない。誰もが、何とかしないとならないと思う。だから、そういった人たちを救う生活保護というシステムは否定されてはならないものだ。生活保護が本来は育つはずの自立を奪ってしまうという現象があっても、それでもこの救済システムを責めるのは間違っている。日本でこのようなシステムが機能しているというのは誇るべきことなのだ。問題は、自立の芽が枯れてしまうことである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

「生活保護はいったん受けると抜け出せなくなる」

今、平均年収186万円未満の貧困層(アンダークラス)は早稲田大学人間科学部教授の試算によると約929万人にまで膨れ上がっているということだ。

日本の労働人口は約6877万人なので、働いている人の7.4人は少しでも病気になったりケガをしたり精神的にトラブルを抱えたりすると、生活保護受給者以下の生活になってしまう。

そうなると、無理して働くよりも生活保護を受けた方が楽になるのではないか、と考える人が出てきてもおかしくない。

もちろん、働ける人がそう簡単に生活保護を受けられるわけでもないのだが、低賃金の仕事に甘んじている人は「いっそ病気にでもなって生活保護を受けたい」と考えるようになったとしても不思議ではない。

「生活保護はいったん受けると抜け出せなくなる」と多くの受給者は言う。

生活保護を受給する人たちの大半は高齢者で、その次にシングルマザーが占めているのだが、彼らは年齢や環境で生活を成り立たせるだけの収入が得られる状況になっていない。

何とか人並みに生活を成り立たせるのであれば、月に15万円から20万円近くの収入が必要なのだが、高齢者やシングルマザーがそれだけの収入を得るというのは、なかなか大変なことでもある。

鬱病のような精神的な病気を抱えていたり、あるいは身体障害を抱えていても、この15万円から20万円の収入というのはなかなか難しい。

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より支援を受ける方にエネルギーを注ぐようになる

それだけではない。学歴も資格もコネも親の援助も何もないまま社会に放り出された若年層もまた低賃金の仕事しか見つからず、この15万円から20万円の収入が得られないことが多い。

高学歴・高収入の親の子供は親の資産で手厚い教育と保護と人脈を手に入れて、やはり高学歴・高収入になるのだが、その逆に生活保護を受けていた親の子供は、気が付けば生活保護になってしまうという実態もある。

本来であれば、一時的に生活が困難になった人を保護するのが生活保護だが、いったんそこに落ち込むと、精神的にも隷属が生じて抜け出せないのである。

こうした精神的な隷属を生み出すことが生活保護の問題点でもあると言える。

本当は自立できるはずなのに、手厚い援助に依存してまったく自立しようとしない人も出てくる。生活保護費をもらうことに慣れ、制度に寄りかかり、もっとよこせと要求する人たちが出てくる。

保護を受ける側は、意図的にそれを悪用しようとしているわけではない。ただ、少しでも有利に、そしてたくさん支援を受けようと思っているだけなのだ。しかし、それが隷属につながっていく。

本来は必要最小限の支援を受けて、元気になったら自立のために行動すべきなのだが、それをしないで、より長く受給を受ける方にエネルギーを注ぐようになる。そして、それが長く続くことによって自立の芽が枯れ、人に頼らないと何もできない人間になっていく。

人間は弱く、安易な方向に流される。支援を受けなければならない弱い立場のままでいて、それで長く支援が受けられると分かったら、「意図的に弱い立場に固執する」人たちが生まれてくるのだ。

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働かなくて生きていけると学習したらどうするか?

「生活保護」というシステムは非常に重要なものである。生きるか死ぬかの地獄に突き落とされた人を助けなければならないのは当然だ。それに疑問はない。

いかなる理由があっても、生活苦でもがいている人を放置するのは人間的ではない。誰もが、何とかしないとならないと思う。だから、そういった人たちを救う生活保護というシステムは否定されてはならないものだ。

生活保護が本来は育つはずの自立を奪ってしまうという現象があっても、それでもこの救済システムを責めるのは間違っている。日本でこのようなシステムが機能しているというのは誇るべきことなのだ。

問題は、自立の芽が枯れてしまうことである。

生活保護を受けている人たちが自立心を失ってしまったとしても、それで弱者を責めるのもなかなか難しいものがある。何もしないでいたら国が面倒を見てくれて、働かなくて生きていけると学習したら、無意識に弱者になることを志向する人も生まれる。

人は環境に依存する生き物だ。保護で生きられる人がそれに依存するのは、環境に最も適応した生き方だからでもある。弱者になることで生きられるのであれば、弱者のままでいた方がいいというは合理的に見えなくもない。

しかし、本当はそうした「保護にすがる生き方」はやはり間違っているのだ。

努力したら自立できる能力があるのならば、やはり自立に向けて生きていく方が真っ当だ。保護に依存して生きていると、いつまで経っても、自分の人生を自分で生きることにならない。

仮に行政が、理不尽なことを求めてきたらどうなるのか。たとえば、いきなり打ち切りを宣言してきたらどうするのか。

あるいは、「継続してやるから言うことを聞け」と言われたら、この救済システムへの依存が強ければ強いほど拒絶できなくなる。支援のワナがそこにある。自分の人生が自分の人生でなくなってしまうのである。

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他人に依存しないで生きることができるのは素晴らしいこと

必死で働いて15万円と、生活保護をもらって15万円。どちらの境遇も大変と言えば大変であり、どちらが良い悪いというわけではない。

しかし、どん底でもがいて生きている人に、この2つを提示して「どちらかを選べ」と言った時、必死で働いて手に入れる15万円よりも、生活保護をもらって手に入れる15万円の方が楽でいいと心が動いてしまう人も多いのではないか。

働くというのは誰にとっても「つらい」ことなので、できれば楽して生活したい。そのために、「生活保護を受けて15万円もらった方が楽だ、できれば生活保護を受けたい」と思う人がいたとしてもおかしくない。

だから、本当は働ける人でも、自分の状況を悪い方に見せかけて生活保護を不正受給しようとする人間まで出てくる。何もしないでカネをもらう生き方の方が、うまい生き方に思えてしまうのである。

しかし、自立を捨てる生き方というのは、結局はいろんな制約が課せられて、その中で生きなければならないということでもある。

生活保護を受けると、自動車や贅沢品を買うのは咎められるし、ローンは組めなくなるし、クレジットカードを作ることもできなくなる。観光旅行みたいなものも制限される。場合によっては安い家賃のところに引っ越しすることを強要される。

定期的にケースワーカーが抜き打ちで家庭訪問にやってきて、生活をチェックしプライバシーをのぞかれ、求職活動をしているのかどうかなどの報告もしなければならない。

窓口では「いつまで生活保護を受けるつもりなのか」「まだ自立できないのか」「家族や親戚に援助できないのか」と強く詰問されることもある。周囲に生活保護を受けていることを知られると冷たい目付きで見られることもある。

「生活保護をもらってぼんやり生きていれば精神的に楽だ」というのは違うのである。他人に指図され、監視され、早く自立しろと促されながら縮こまって生きなければならない生活がそこにある。それはそれで「つらいこと」ではないだろうか。

人間は誰でも不運に見舞われることもあるし、最初から不運な境遇であることもあるし、貯金も健康も何もかも失うこともある。自分がもはやどうしようもない時、生活保護を受けるというのは当然の権利である。しかし、それを目指し、それに依存するというのは、やはり間違っている。

必死で働くと自立が得られる。自分で稼いだカネは何をどのように使おうが別に誰も何も言わない。どこに行こうが、どこで暮らそうが、何を食べようが誰の指図も受ける必要はない。好きなことを好きにできる。

その自由は思った以上に貴重なはずだ。

『生活保護リアル(みわ よしこ)』。増え続ける生活保護受給者。生活保護制度をやさしく解説するとともに、受給者や生活保護に係わる人々の「ありのまま」の姿を描く。

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