普通の男たちがどんどんスリムになっていくのは誰かに仕掛けられている?

普通の男たちがどんどんスリムになっていくのは誰かに仕掛けられている?

リベラルが社会的な常識となったとき、「男らしさ」は邪魔な概念になるので、それは無意識に取り除かれようとしている。これはフェミニストによる「合法的な去勢」であるとも言える。フェミニストの理想だと思う「男らしさも女らしさもない世界」に対してどのような意見を持つかはともかく、それは「男たちから筋肉を奪い取る」という方向性で動いていると気づくのが重要だ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

「マッチョ文化はもう時代遅れ」と女性たちは言う

LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)が市民権を得るようになり、フェミニズム的でかつリベラルな思想が社会に定着すればするほど、「男らしさ」「女らしさ」を否定するのが主流になってきた。

教育ジャーナリストの、おおたとしまさ氏は『男らしさを押しつける時代は終わった』と言い切っている。演歌歌手の氷川きよし氏も「男らしく生きて欲しいと言われると、自殺したくなる」という告白をしているのだが、こうした発言が共感される時代になっている。

「男は男らしく」というのを堂々を語るのは「マッチョ思考」だと欧米では言われており、南米がまさにマッチョ文化であることで「女性差別の思想」としてしばしば批判を浴びている。「マッチョ文化はもう時代遅れ」とフェミニストは言う。

「男らしさというのは、社会が押しつけたもの。だから囚われなくてもいい」というのがリベラルな社会の世界だ。実は、それはあながち間違っていない。なぜなら、人は性別に関わらずそれぞれ個性があるからだ。

しかし、男女の差は歴然として存在しているのも事実だ。男と女は明らかに違う。男は陰茎や睾丸があり、筋肉の量も女性に比べて多い。女性は大きな乳房や膣や子宮を持ち、子供を産み育てることができる。

このような明らかな肉体的な相違は、どんな強硬な男女平等論者であっても「確かに違う」と認めるところだ。

男の子が「男らしい」のは、生まれつきなのか、それとも社会がそうあるべきだと押し付けたものなのか。

どちらが正しいのかは別にして、今の社会は「男らしさ」を否定する流れにあることは多くの人が気がついている。そして、その結果、男から確実に奪われていくものがある。それは何だか分かるだろうか?

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「男らしさの否定」が生まれてから男から奪われるもの

男が男らしくなることは、現代では積極的に否定される。男らしい男よりも、細くて、中性的で、女性に近い男が好まれる。男たちもそれに気づいて、「それならば」と男らしさを捨て、積極的に細くて中性的になるように努力する男も増えた。

男たちがまったく気がついていないことなのだが、「男らしさの否定」が生まれてから、男から奪われるものがある。

それは、筋肉である。

女は昔から、過度に筋肉質の男を嫌う傾向が強い。フェミニストであれば、なおのこと男たちの圧倒的な筋肉に複雑な思いを抱くことが多い。なぜなのか。それは、まさにその筋肉が男女の違いをあからさまに強調するものだからだ。

そして、その筋肉が「女を抑圧する暴力装置」になるからである。

圧倒的な筋肉を持つ男を女たちが警戒するのは、その男を怒らせたら肉体的暴力になって跳ね返る恐れがあるからだ。筋肉が圧倒的であればあるほど、自分に降りかかって来る暴力も圧倒的になってしまう。

まさに、筋肉こそが暴力を生み出すものであることを女性たちは本能的に知っているのである。筋肉は危険な存在である。だから、過度な筋肉を付けているボディービルダーのような存在は本能的に嫌われることになる。

そして、リベラル的な思想が広がれば広がるほど、普通の男たちはスリムになり、そのスリムさが持てはやされるようになったのだ。

男がスリムになるというのは、どういうことなのか。それは、「筋肉を落とす」ということである。男たちから筋肉が落ちれば落ちるほど、男女の「差」は縮まっていく。そして中性的になっていく。

「男らしさ」「女らしさ」を否定すると、男が女らしくなって、女が男らしくなるのではない。女は相変わらず女らしいのだが、男が女らしくなっていく不均衡な現実が現れる。女たちは、それを無意識に好んでいる。

男から筋肉を奪って自分たちに近づけると、男を弱体化させることができて凶暴で危険な男を御しやすくなるからだ。

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男たちの無意識の抵抗は、筋肉を中心にして行われる

しかし、いくら「男は男らしくなくてもいい」と言われても、テストステロンが過剰な男たちは、そんなフェミニストの言葉には耳も傾けない。そして「男らしさの否定」に対する男たちの無意識の抵抗は、筋肉を中心にして行われる。

あらゆるスポーツは筋肉が根本にある。また闘争や競争も、筋肉で相手をどう打ち負かすか、打ち負かされるかというのが基本である。

筋肉とはパワーの源であり、「男らしさ」というのは筋肉的なパワーが見せられるかどうかが基準になっている。

だから、社会がいくら「男は男らしくなくてもいい」と言っても、自分の中の男らしさを維持するためにスポーツに夢中になる。

そして、無意識に筋肉を鍛えていく。この筋肉を作り上げる上で重要になっていくのが、男性ホルモンである。テストステロンという男性ホルモンが筋肉を作り上げる重要な要素になる。

男性ホルモンの一種にアナボリック・ステロイドというものがある。

これを外部から投与すると筋量(バルク)が増すことから筋肉増強剤と言われるが、男性ホルモンを打って鍛えると筋肉の量が増えるというのは、それが男の本質であると考えてもよい。

そして、アナボリック・ステロイドを投与し続けると、性格的にも変化が現れてくる。怒りっぽく暴力的になり、全体的に性格が凶暴化してくるのだ。

具体的に言えば「すぐに暴力を振るうようになる」「行動が粗雑になる」「怒りっぽくなる」のだ。まさに女が嫌う要素が、すべてこのアナボリック・ステロイドの副作用に含まれている。

男性ホルモンを投与し続けると凶暴化し、筋肉も増えるというのは、それが男の「究極の姿」であるということが分かる。

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「男たちから筋肉を奪い取る」という方向性で動いている

男性ホルモンが大量分泌されると、男は筋肉量が増す上に、凶暴化して犯罪行為に走りやすくなる。そうでなくても男は女よりもアンドロゲンが20倍も余計に分泌されていると言われている。男が女よりも凶暴であるのは今さら言うまでもない。

もちろん、男の暴力傾向は、女に対しては性暴力として結びつく。もちろん、女たちにとってそれは好ましいことではないから、フェミニストは何とかして男から暴力を取り除きたいと意識的にも無意識的にも考える。

そのためには、「筋肉」を男たちから取り上げるのがもっとも戦略的に重要だったのである。リベラルな時代になってから、男がどのように変わっていったのかを見れば、その「男から筋肉を奪う戦略」が確実に推し進められていることが分かる。

・痩せてスリムな体型にしていく。
・髪を伸ばさせたり、気にしたりさせる。
・身だしなみや、おしゃれに目覚めさせていく。
・男らしさを排除し、優しさを植え付ける。

これはすべて、男を「女性化させる」ものであると気がつかなければならない。リベラルが社会的な常識となったとき、「男らしさ」は邪魔な概念になったので、それは無意識に取り除かれようとしているのである。

これはフェミニストによる「合法的な去勢」であるとも言える。フェミニストの理想だと思う「男らしさも女らしさもない世界」に対してどのような意見を持つかはともかく、それは「男たちから筋肉を奪い取る」という方向性で動いているというのが重要だ。

しかし、皮肉なことに、そうやって男を去勢しようとフェミニストが躍起になればなるほど、男たちは無意識にヒゲを伸ばしたり、無駄に巨大な筋肉を付けようとしたり、タトゥーなどで凶暴さを誇示したり、無意識の反撥をするようになっている。

そして、「男でも男らしくなくてもいい」というフェミニストの理想に反撥する女性もまた存在していて「男は男らしくして欲しい」と主張する。

別にすべての男に「男らしさ」を押しつける必要はないのだが、「男らしさ」を奪おうとしても奪いきれないのが現実だ。下手に男らしさを奪おうとでもしたら、いつかマッチョな男たちによる大きな復讐がフェミニストに為されるのかもしれない。

『21世紀の「男の子」の親たちへ 男子校の先生たちからのアドバイス(おおたとしまさ)』

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