グレタ・トゥーンベリが大人になる頃、世界は災害まみれで終わっているか?

グレタ・トゥーンベリが大人になる頃、世界は災害まみれで終わっているか?

フィリピンが大変なことになっている。深刻な「水不足」だ。雨が降らず、貯水量も21年ぶりの少なさとなり、100万世帯が3ヶ月の断水となっている。人々は仕事をすることもできず、水を求めて給水車に並んでいる。農作物にも多大な悪影響が出てきている。

インドネシアが大変なことになっている。「洪水」だ。東部パプア州で広範囲が水に覆われて救援活動もできず、すでに50人以上もの人が犠牲になった。まだ水が引かないので、今後も死者は増え続けることが予測されている。深刻な疫病も流行りそうで、悪影響は続く。

今年の初め、オーストラリアでは激しい熱波が襲いかかり場所によっては49.3度にもなっていた。殺人熱波である。一方のアメリカでは大寒波とブリザードが襲いかかっており、場所によってはマイナス35度となった。五大湖は凍り付いて氷が壁のようになってしまっていた。

ここ最近、毎年のように、巨大な台風、地震、寒波、噴火、山火事が続いている。異常気象がもたらす自然災害は大規模化して、それに伴って各国で被害が大規模化している。

しかし、多くの人たちはすでに「巨大災害」には不感症のようになってしまった。天候不順から経済不況まで、人々の生活を破壊するような事態が起き続けているので、私たちはもう「世界とはそんなものだ」と達観してしまったのだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

グレタ・トゥーンベリという少女

世界中で、異常気象が極端になっている。暑さと寒さの振幅(ボラティリティ)が激しくなり、それが熱波や寒波となって自然を破壊し続けている。

巨大な自然災害のほとんどは、人間があれこれ考えてもどうしようもないほどの規模である。人間が小賢しく準備をしてもまったく無力であり、いったん巻き込まれたら、生き残れるかどうかは単なる「運」のようになる。

だから、多くの人はもう考えるのを止めて、「何が起きても何とかなる」と思うようになっている。

ただ、ひとりの少女が流れを変えようとしている動きもある。その少女とは、スウェーデン出身のグレタ・トゥーンベリという16歳の高校生だ。

彼女は、このままでは地球がボロボロになって自分たちの将来がなくなると考えた。そこで、異常気象の原因ともなっている「地球温暖化」に何とか対応して欲しいと訴えてメディアが動き始め、これが大きな社会運動となっているのだ。

世界中の高校生が彼女に触発されて学校をボイコットし、「地球温暖化の対処を」と訴えるようになり、それが世界中に広がっている。

ただ、彼女の背後に「温暖化が原因だと思わせたい大人」がいて、彼女を操ってグローバル・メディアと結託して動いているのではないかという噂もあったりするのだが、その真偽はまだ分からない。

一方で、ドナルド・トランプ大統領は「異常気象に地球温暖化なんか関係ない」として、地球温暖化の対処は取る必要などないという立場を取っている。異常気象が本当に地球温暖化のせいなのかどうかというのは諸説があって、今もそれぞれが激しく議論を戦わせている。

 

「何か」に巻き込まれる確率が高い

こうした人間社会の動きがあるのだが、その原因が何であれ、巨大災害が続いているというのは間違いない。

このまま推移するのであれば、この「災害の巨大化」は、いずれ致命的な一撃を人間社会に食らわすのは時間の問題であるとも言える。そうなった時、私たちがそれに巻き込まれて生死をさまようかもしれない事態になる可能性もある。

2011年3月11日の巨大地震で、東日本の人たちは、まさか自分たちが生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追い込まれてしまうとは思ってもいなかったはずだ。そして、津波に関しても「大騒ぎするほどのものではない」と思っていた人も多かったはずだ。

来る時には来る。そして、巻き込まれる時は突如として巻き込まれる。巨大災害は終わったわけではない。終わったどころか、これからも「何か」に巻き込まれる確率が高い。

大自然の「一撃」は、人間には為す術がない。突如として災害が襲いかかると、人間は生きるか死ぬかを「運」に任せるしかなくなる。最初の一撃では、まさに「運」が作用する。自分が助かって、隣の人が死ぬこともあれば、その逆もある。

しかし、運良く最初の一撃を生き残ったら、問題はそこからだ。今度は自らの力で、そこからサバイバルして「生き延びる」必要が出てくる。電気も、ガスも、水道も、電話回線も、インターネットも、すべてが止まる。

その、何もない中で生き延びるのが「サバイバル」だ。

もちろん、サバイバルの状況の中でも「運」が重要な役割を果たしていて、いくら的確な判断をしていても死ぬこともあるし、いくらパニックに襲われていても助かる人は助かる。

しかし、サバイバルに入ってから救出されるまでの間が長くなればなるほど、その「長期間の生存闘争」で生き延びるためには「運」ではなく、むしろ「心の持ち方」に比重が移っていく。

極限状態の中で生き延びてきた人たちの多くの証言や伝記を読むと、常に出てくるのは、「心の持ち方」である。

『地球温暖化: そのメカニズムと不確実性』地球温暖化現象の正しい理解のために「IPCC第5次報告」などを踏まえ日本の専門家が総力で最新の知識を正確に伝える。

「心を入れ替えた」人が生き残る?

サバイバルに放り込まれた人たちを見ると、「自然淘汰」が極限的な形で現れているように見える。そこでは誰が生き残るのだろうか。もちろん、極限を受け入れ、その激変した環境の中で適応できた人間が生き残る。

すなわち、巨大な災害・巨大な事故・巨大な極限状態に巻き込まれたら、運良く生き残った後に必要なのは、その極限を受け入れて「心を入れ替えた」人が生き残るということになる。

災害が起きてから救出されるのは、すぐとは限らない。助けは何日待っても来ないかもしれない。場合によっては数ヶ月、数年もこないということもあり得る。

その中で生き延びるには、どうすればいいのだろうか。

「生き残る決意をする」「絶対に希望を失わない」「自分を律する」という3つを持ち合わせて、変化してしまった環境に適応するしかない。

「変化した環境に適応する」というのは、奇しくもダーウィンの進化論の「淘汰」さながらではないか。すなわち、自分の身を持って「変化した環境に適応する」を実践するしかなくなるのである。

極度の災害に見舞われてサバイバルを強いられる環境というのは、そこで急激なる「ダーウィンの進化論」が始まるということなのである。

天候不順から経済不況まで、人々の生活を破壊するような事態が起き続けている。そんな現状の中で、不意に現代文明の生活が立ちゆかなくなった瞬間、私たちは長期に渡るサバイバルを強いられる。

災害というものは予測できないものだ。いつ、どこで、何がどのような形で襲いかかって来るのか分からないのである。予測がついても被害が避けられず、突発的な大災害ともなれば絶望的な被害が生じる。

このまま何もせずに放置していれば、グレタ・トゥーンベリという16歳の高校生の世代が大人になる頃、世界は凄まじい災害の中で生きることを強いられることになる。(written by 鈴木傾城)

天候不順から経済不況まで、人々の生活を破壊するような事態が起き続けている。そんな現状の中で、不意に現代文明の生活が立ちゆかなくなった瞬間、私たちは長期に渡るサバイバルを強いられる。

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