「バッド・ディールよりもノー・ディールの方がいい」は非常に重要な考え方

「バッド・ディールよりもノー・ディールの方がいい」は非常に重要な考え方

2019年2月27日。ベトナムの首都ハノイで、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)とアメリカのドナルド・トランプ大統領の米朝首脳会談が行われた。両者ともに、この会談には期待するものは強かった。

トランプ大統領は国内でロシア疑惑からセクハラ問題まで、あらゆるスキャンダルでマスコミの総攻撃を受けており、このあたりで何らかの政治的な成果を見せる必要があった。

金正恩の方は、国際社会の厳しい経済制裁に国内が疲弊しており、どうしても経済制裁の緩和を勝ち取る必要があった。そうしないと、北朝鮮の国内は悪化していく一方で独裁政権にダメージがじわじわと蓄積していく。

こうした背景があり、どちらも「成果」を求めていたはずだが、蓋を開けてみれば「事実上の物別れ」という結果に終わったのだった。

その理由はいろいろ取り沙汰されているのだが、基本的には「北朝鮮が非核化の約束を守らずに経済制裁の緩和のみを求めたこと」が会談の決裂の大きな要因となっているのは間違いない。

「非核化している」という嘘を並べて経済制裁の緩和だけを求める北朝鮮に、ドナルド・トランプ大統領は明確に「ノー」を突きつけたということだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

バッド・ディールよりもノー・ディール

北朝鮮とアメリカの政治的・外交的な折衝はこれからも続き、事態は流転していくことになるのだが、興味深いのはそこではなく、確固とした評価や成果が欲しかったはずのトランプ大統領の姿勢にある。

トランプ大統領は北朝鮮に妥協してしまう外的環境がいくつもあったのだが、最終的には「妥協しない」ことを選択したのだ。欧米ではこの選択に関して、このように表現していた。

「バッド・ディールよりもノー・ディールの方がいい」

deal(ディール)というのは「取引」という意味なので、この言葉を分かりやすく言うと、「悪い取引をするよりも、何も取引しない方がいい」ということになる。

ここで北朝鮮に安易に妥協するということは「北朝鮮を非核化させて世界を平和にする」という目的を放棄するにも等しいことであり、それは客観的に見ると「悪い取引(バッド・ディール)」に他ならない。

そんな「悪い取引」をするのであれば、途中で席を立って何の取引もしない方が、結局は無理に成果を出そうとして妥協するよりも最終的には良い結末になる。

こうした判断がきちんと働き、成果が欲しかったはずのトランプ大統領が成果を捨てても「ノー・ディール」を貫いたのが見事だった。

これは、成果を焦っている時には、なかなかできる判断ではない。

トランプ大統領は政治家というよりもビジネスマンであると見る識者もいるのだが、こうした一連の判断を見ると、確かに下らない個人的評価のために政治的妥協ばかりしている政治家とは少し違うというものを感じる。

側近が「妥協はマズい」という判断をトランプ大統領に説得していたとしても、最終的に判断するのはトランプ大統領自身である。このトランプ大統領が、良い取引ではないと感じて「取引しなかった」というのは、それだけの度量があったということだ。

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「悪い取引」を決断してしまう状況

私がこのベトナム会談の結末に大きな感銘を受けたのは、まさに「バッド・ディールよりも、ノー・ディールの方がいい」が鮮明に示された典型的な例だったからだ。

トランプ大統領は聖人君子ではなく、ある意味では性格や手法にかなり難がある人物でもある。客観的に見ると、道徳的にも間違ったことをしていることが多いし、言動にも問題があるのは間違いない。

私自身は別にトランプ大統領支持者でも何でもないので、トランプ大統領がやることを一から十まで肯定しているわけではない。しかし、今回の米朝首脳会談におけるトランプ大統領の決断はなかなか見事なものだと素直に感じた。

基本的に「バッド・ディールよりも、ノー・ディールの方がいい」というのは、ビジネスや政治の現場だけではなく、生きる姿勢としても「正しい考え方」「正しい決断」である。

しかし、この正しいことが、いろんなしがらみがあってできない。それが現実の姿である。特に、日本人にはその傾向が強く出るのではないかと感じている。

日本人は、協調性や配慮などを重視している国や組織や個人は、「悪い取引なんかしたくない」と思ってもずるずると状況に流されて「悪い取引」に関わってしまう。相手に配慮したり、場を壊したくないと思っていると、それが「悪い取引」であると分かっていても、「場に流されるように」してしまう。

そして、結果として自分が追い込まれてしまうのだ。政治の世界でも、経営の世界でも、個人の生活の中でも、場に流されるように「悪い取引」をしてしまう人々が日本には大量にいる。

自分が後で苦しむと分かっていても、しがらみから逃れられずに「悪い取引」を決断してしまうのである。

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乗り越えるよりも、避ける方がたやすい

当たり前の話だが、「悪い取引」をすると後から後からトラブルが発生する。

「悪い取引」は無数のトラブルを引き寄せるからだ。そのため、トラブルの対処に追われるようになり、やがて状況悪化で自分の首が絞まることになる。首が絞まる前に考えなければならないのは、次のことだ。

「トラブルは乗り越えるよりも、避ける方がたやすい」

トラブルというのは、乗り越えるものではなく最初から避ける方がずっといい。つまり最初から関わらないというのが最も効率的なのである。この考え方は、人生をうまく生きるのに役に立つ。

たとえば私たちの目の前には、しばしば胡散臭い取引や胡散臭い人間が現れる。

それは誇大広告の宣伝であったり、見知らぬセールスマンであったり、身なりが良く人当たりの良い人物であったりするのだが、彼らが言葉巧みに胡散臭い取引を持ちかけてくる。

「何か変だ、何か引っかかる、どこか違和感を感じる」という感覚があるのだが、強く巧みに誘導されると、断るのも悪い気持ちになって関わってしまう。結局、そこからトラブルに巻き込まれて無駄なエネルギーに忙殺されていく。

しかし、「悪い取引をするくらいなら何も取引しない」という姿勢が最初からあったら、トラブルを避けて効率良く生きることができる。

「バッド・ディールよりも、ノー・ディールの方がいい」という考え方は、人生をうまく生きるためには必須の知恵なのである。要するに「うまくやる意味のないことは、どんなにうまくやったところで意味がない」ということだ。

悪い取引を避けるには「ノー」という言葉が重要になる。大切な局面で「ノー」という言葉をきちんと言えるようにしなければ、自分の人生をうまく生きるのは難しい。(written by 鈴木傾城)

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決裂した米朝首脳会談。「悪い取引」をするのであれば、途中で席を立って何の取引もしない方が、結局は無理に成果を出そうとして妥協するよりも最終的には良い結末になる。今後もトランプ大統領が妥協しないでいられるかは分からないが、今回は素晴らしい決断だった。

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