「生まれ育ったところから出ない人」と「知らないところに行ってしまう人」

「生まれ育ったところから出ない人」と「知らないところに行ってしまう人」

生まれ育った国、生まれ育った場所を捨てて、新たな新天地を目指すのが好きな人もいる。同時に、たまに旅行するのはいいが、基本的には子供の頃から知っている場所から動きたくないという人もいる。

これは、どちらが正しいとか間違っているという問題ではない。

人はそれぞれ考え方や事情があり、それぞれのライフスタイルがある。どちらを選んだとしても、それはその人の選択である。

地方で暮らす若者は、世界中どこでもチャンスと刺激を求めて大都会を目指す。タイでは多くの若者がバンコクに集まる。カンボジアでは多くの若者がプノンペンに集まる。同じように、日本では多くの若者が東京や大阪に集まる。

地方は仕事がない。人もいない。刺激もない。そうであれば、大多数の若者が出ていっても不思議ではないし、実際にそのようになっている。しかし、地方の若者がゼロになるのかと言えば決してそういうことはない。

「慣れたところがいい」「知らないところよりも知っているところの方がいい」「近所じゅう知り合いの方が暮らしやすい」

そのように思う若者もいて、彼らは頑として生まれ育ったところから出ない。たとえ過疎になろうとも、災害で住めないような土地になろうと、「絶対に自分の知った土地から出ていきたくない」と思う人はいるのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

それが彼らのアイデンティティ

「いまいる場所から出てい行く」というのは、出ていくカネがあるかどうかにかかっている部分も大きい。本当は出ていきたくても金がないので果たせないという人もいるにはいる。

しかし、カネの問題ではなく、生まれ育った土地、人々の結びつき、想い出を愛していて、そこから去ること自体が「自分にとって死と同じ」と感じる人も多い。

今いる場所こそが、自分のアイデンティティであると考える人は、そこから去るとアイデンティティが崩壊する。無理に他のところに住んでも、次第に自分の存在価値を失ってしまう。寂しくてやりきれない。

だから自分のいる場所がどうなろうが、最後の最後まで彼らは立ち去らない。

そういう人から見ると、自分の住んでいる場所に何の未練もなく、むしろ見知らぬ場所に興奮や未来を感じて、さっさと立ち去ってしまう人は「それもひとつの生き方。都会に出るのは仕方がない」と思いつつも自分には関係ないと思う。

元々、場所に縛られない人は世の中にいる。

国から国へ、旅から旅へ、一ヶ所に居着かずに次々と移動し、数年ごとに拠点を変えてしまう人もいる。放浪者、漂泊者、冒険家、開拓者、流れ者、移住者。そう呼ばれる人たちは少なくない。

彼らは常に「ここではないどこか」に恋い焦がれて、機会があれば糸の切れた凧のように飛んでいってしまう。彼らは知らないところに飛んでいくことが喜びだ。人生は旅だと思う。

それが彼らのアイデンティティであり、存在価値なのである。

日本人は農耕民族で、流れ者のように知らない土地をさまよいながら生きるタイプは少ないと言われる。しかしその日本人でさえも、一ヶ所に居着かない人でふらふらする人はいくらでもいる。

比較的「居着く」のが好きだと言われている女性ですらも、アンダーグラウンドでは点々と地方をさまよって生きていた

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彼らは自分の気に入ったところにいたい

農耕民の気質、遊牧民の気質。これらの気質は、人によってまるっきり違う。

ユダヤ人は放浪する民族だと言われているが、そのユダヤ人でも、やはり土着したいと考えるタイプはいるはずだ。逆に日本人は土着する民族だと言われているが、その日本人でも、放浪したいと考える人はいるはずだ。

人それぞれ気質がまったく違っており、同じ民族でも正反対の人が存在する。民族は一様ではなく、ステレオタイプでは測れない人がいる。農耕民の気質、遊牧民の気質はやはり個人の資質であるとも言える。

この二つの気質は生き方もそうだが、哲学も習慣もまるで違っている。

余生をタイやフィリピンで送る老いた白人の姿を見ることがある。彼らはかなり独立した気質を持っていて、自分がどこに住んで誰と付き合うかは自分自身で決める。群れないし、特に同国民と付き合うわけでもない。好きなところで好きなように暮らしている。

アメリカに生まれたからアメリカに、フランスに生まれたからフランスにずっと住むと決めるわけではない。気に入ったところに住むわけである。

英仏がまだアジアに植民地を持っていたとき、用もないのにアジアの辺境に向かって、そこが気に入ったら国に戻ろうとしない人間が必ず一定数いた。

彼らは、現地で決して豊かに暮らしていたわけではない。むしろ異国で貧困状態だった。しかし、それでも祖国に帰ろうとはしなかった。

フランスの詩人アルチュール・ランボーなどは、そういう傾向を持っていたことはよく知られている。マルグリット・デュラスの母親もずっとベトナムのメコンデルタにいてフランスに戻らなかった。

タイ・シルクで有名なジム・トンプソンも戦争が終わって帰国命令が出ていたにも関わらず帰国せずにタイに居ついてしまった。彼らは自分の気に入ったところにいたかったのだ。

インドネシアの辺境の地で真夜中に渦巻く愛と猜疑心の物語。実話を元に組み立てられた電子書籍『カリマンタン島のデズリー:売春と愛と疑心暗鬼』はこちらから。

カリマンタン島のデズリー
ブラックアジア的小説『カリマンタン島のデズリー: 売春と愛と疑心暗鬼(鈴木 傾城)』

果たして自分はどちらの気質なのか?

華僑は国を無視して生きていた人種だ。みんな徒手空拳で他国に行って、その地で成り上がってきている。今なおタイを揺るがすタクシン一族も、フィリピンのアキノ一族も、みんな華僑の血が混じっている。

しかし、国を出た華僑がみんな豊かなのかと言えば、決してそうではない。

ボルネオ(インドネシア・カリマンタン側)に向かった華僑は現地の人々よりも貧しい生活を強いられていて、娘を売春宿に売り飛ばすような事態になっていた。

こうした人たちは私の電子書籍の小説『カリマンタン島のデズリー:売春と愛と疑心暗鬼』でも取り上げた。

しかし、彼らは自国に帰属したり依存したりしない。自らの生まれた場所にも特別感慨を持たない。「自分の選んだところ」で定着する。

その一方で、水質汚濁が起きようが、癌が次々に発生しようが、大気汚染にまみれようが、何があっても故郷を捨てない中国人もいる。カネがあるなしに関係がなく、彼らは自分の住んでいる場所を絶対に去ることがない。

あまりにも対照的な生き方だが、どちらも中国人であるのも間違いない。結局のところ、人はそれぞれの考え方と生き方があるということだ。同じ一族でも兄弟でも気質はまったく違う。

兄弟のひとりは都会に行ったが、もう一方は地元に残って親の近くで暮らしているというのはよく聞く話だ。

単純に、気質が違うのである。

当然のことだが、あなたにもあなたの気質がある。その気質は自分でよく見極めて、自分の気質に合う生き方をしなければならない。

自分が放浪型なのに定住型の生き方を押しつけられると不幸になるし、定住型なのに放浪を強いられているとそれもまた不幸になってしまう。人はどうでもいい。自分がどうなのか、それが問題だ。生き方を間違ってしまうと不幸に蝕まれる。(written by 鈴木傾城)

自分が放浪型なのに定住型の生き方を押しつけられると不幸になるし、定住型なのに放浪を強いられているとそれもまた不幸になってしまう。人はどうでもいい。自分がどうなのか、それが問題だ。生き方を間違ってしまうと不幸に蝕まれる。

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