重度の「ひきこもり」は、親が死んで腐っても何もできないほど悲惨だ

重度の「ひきこもり」は、親が死んで腐っても何もできないほど悲惨だ

2017年12月、札幌市中央区の築40年のボロボロのアパートの1階でふたりの遺体が見つかった。このアパートの一室に住んでいた母娘の遺体だった。母親は82歳。娘は52歳。母親が先に栄養失調で亡くなり、次に娘が餓死していた。

52歳の娘は20代からずっと「ひきこもり」で、母親の年金に寄生してひっそりと生きていた。

母親が室内で栄養失調で死んでも、52歳の娘は誰にも助けを求めなかった。救急車にも警察にも電話をしなかった。電話がないのであれば、ドアを開けて隣の人に「母親が死んだ」と伝えれば保護されたはずだ。

ところが、彼女はそれすらもしなかった。彼女はどうしていいのか分からず、死んだ母親を放置したまま部屋にこもり、やがて自分も栄養失調で餓死してしまった。

冷蔵庫は空っぽで、床にはお菓子の袋が散乱していた。調味料も空っぽになっていた。口にできるものはすべて口にして餓死してしまったのだ。

ところが、である。

部屋には現金が9万円残されていた。金が一円もなかったわけではない。彼女はそれを持って外に出て買い物をすれば食べ物を買えたのだ。しかし、彼女は部屋にひきこもったまま餓死してしまった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

母親が腐っていくのを見ても何もしなかった

2018年8月。アパートで異臭がするという匿名のメールが寄せられて警察官が調べたところ、長崎市小島2丁目の小さなアパートの一室で76歳の女性が死んでいるのを発見した。そして、死体と同居していた48歳の息子が死体遺棄で逮捕された。

この48歳の息子は「ひきこもり」だった。母親の年金で細々と暮らしていたのだが、アパートのまわりには大量のゴミを放置して近所トラブルになっていた。部屋の中もゴミだらけで76歳の母親はゴミの中に埋もれた状態で死んでいたのだった。

この48歳の息子は、母親が死んでもやはり警察にも救急車にも連絡せず、近所の人が匿名でメールをするまで何もしなかった。

2018年11月5日。神奈川県金沢区の団地で49歳の男が死体遺棄容疑で逮捕されていた。この男は76歳の母親と一緒に暮らしていたのだが、母親が死んだのを2周間近くも放置して、ただ自宅にひきこもっていた。

この男には妹がいたのだが、妹に連絡を取ることもなかった。団地に住んでいたのだから、やはりドアを開けて隣の人に助けを求めればいいだけなのに、それもしなかった。この男は一度も働いたことがなかった。ずっと母親が面倒を見ていた。

母親が台所で倒れて死んだので、男は母親を部屋に運んだ。3日もすると腐敗臭がするようになったので、男は母親の鼻や口にティッシュを詰めた。

それから2週間、母親が腐っていくのをじっと見つめて何もしなかった。

この男は40年間ひきこもって誰とも話せなくなってしまっており、警察とも筆談でやりとりしなければならないほどひどい状況だった。その筆談の中で「母が死んだのは分かったが何もできなかった」と話した。

2018年12月26日。千葉市稲毛区で71歳の母親の遺体を10ヶ月も放置していたとして45歳の男が逮捕されていた。母親の遺体は白骨化していたが、白骨化するまでこの45歳の息子は何もしなかった。

この男もまた「ひきこもり」だった。

ブラックアジアでは有料会員を募集しています。よりディープな世界へお越し下さい。

自分が餓死するとしても何もしない

「ひきこもり」の子供を抱えて、年老いた親が限界に達して子供を残して死ぬ。何もできない40代、50代の子供が後に残される。

こうした「8050問題」が日本のあちこちで次々と起きている。(ブラックアジア:親が高齢化して、ひきこもった子供の面倒を見ることができなくなっている

失業、退職、挫折などで社会から逃げるように部屋にひきこもり、それを親が面倒を見る。10年経ち、20年経ち、やがて30年経つ。親は歳を経て動けなくなる。しかし、ひきこもりの子供はまったく何もしない。

社会に出て仕事をしようとする気力があるかないかの前に、あまりの長いひきこもりのせいで、もはや「何もできない人間」と化してしまっている。

その「何もできない」という度合いは私たちが考えている「できない」とはレベルの違う次元にある。本当の意味で「まったく何もできない人間」になってしまうのである。それが究極的な事件として現れているのが「死体遺棄」だ。

自分を養ってくれている唯一の存在である親が死ぬ。目の前に遺体がある。普通の人であれば、その瞬間に警察に電話するとか救急車を呼ぶとか、隣近所に助けを求めるとか、自分にできることを何とかしようとする。

ところが「まったく何もできない人間」は、本当に何もしない。助けを求めるというのはすべて外界と接触するということなので、それができないのである。

どうするのか。最後の最後まで何もしない。親の亡骸が腐り始め、凄まじい異臭を放つようになっても何もしない。途中で外の誰かが気づくと死体遺棄で逮捕されるのだが、そうでなければどうなるのか。自分が餓死するとしても何もしない。

それほど何もしない。いや、何もできない。数十年も社会と断絶し、接点が親だけになってしまった「ひきこもり」の救いのなさがここにある。

鈴木傾城が、日本のアンダーグラウンドで身体を売って生きる堕ちた女たちに出会う。電子書籍『デリヘル嬢と会う2』はこちらから。

何もしない方向に自らを最適化

「ひきこもり」を許すというのは、子供の人生を破壊するばかりか、親の人生をも破壊することになる。

ひきこもりが長くなればなるほど、そして社会と断絶すればするほど、子供は人生がゆっくりと台無しになっていき、やがて回復不能になってしまう。

そういった意味で、ひきこもりを許すのは「子供を破壊する親の犯罪」であるとも言えるし、逆にひきこもるのは「親を破壊する子供の犯罪」であるとも言える。

親は何としてでも子供を自立させなければならないし、子供は親から自立しなければならないのだ。

親が子供の面倒を見てもいいのは子供が学業を終えるまでだ。社会に出た子供は家から放り出さなければならない。たとえ、子供がどんなに可愛くても自分の手元に置いておくというのは間違いなのである。

逆に子供が親に甘えてもいいのは社会に出るまでだ。社会に出たら、子供は親の家から出なければならない。どんな事情があったとしても、社会に出ても親の家から出ないというのは真に自立していることにならない。

自分が何もしなくても親が何かしてくれるようになると、子供はやがて何もしない方向に自らを最適化させていく。

中途半端に何かできるようになると「やればできる」と見なされて、家から放り出される危険がある。しかし、まったく何もできなくなると、逆に親が「この子を放り出したら餓死してしまう」と思うようになって至れり尽くせりで面倒を見る。

そうすると、ますます子供は自発的に何もしなくなる。何もできないことに最適化するというのはそういうことだ。何もできなくなればなるほど親が面倒を見てくれるので、何もできなくなる方向に成長する。

そうなれば、終わりだ。

最後には本当に何もできなくなってしまい、親が死んでも警察を呼ぶことも救急車を呼ぶこともできず、腐っていく親の亡骸と共に暮すことになる。重度の「ひきこもり」は、親が死んで腐っても何もできないほど悲惨なのだ。

今後、こうした「何もできないひきこもり」が大量に問題を起こす。そうした時代に日本は入っていくことになる。(written by 鈴木傾城)

 

警察を呼ぶことも救急車を呼ぶこともできず、腐っていく親の亡骸を前に何もできなかった男。重度の「ひきこもり」は、親が死んで腐っても何もできないほど悲惨なのだ。

この記事のツイッター投稿はこちらです

この記事を気に入って下さった方は、リツイートや♡(いいね)を押して頂ければ励みになります。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

一般カテゴリの最新記事