資本主義の中で「自由」という言葉が美しいと思っていたら騙されるだけ

資本主義の中で「自由」という言葉が美しいと思っていたら騙されるだけ

ドナルド・トランプ大統領は野放図な自由主義を制し、保護貿易を訴えて選挙に勝ち上がった人物だが、これに対して多国籍企業からマスコミまでが一斉に「ヒト・モノ・カネが自由に行き来する世界を壊すな」とトランプ大統領を攻撃した。

「自由を守れ」「世界の自由を阻害するな」

「自由」という言葉は、とても美しい言葉だ。「不自由であるのがいいのか、自由であるのがいいのか?」と問われて「不自由の方がいい」と答える人は、ほとんどいない。誰もが自由を愛する。

しかし、何でもかんでも自由にするのは正しいのだろうか。

多くの国では、実は自国の産業を守るためにいくつかの保護政策を取っている。守りたい産業を保護するために外国製品には高い関税をかける。

あるいは守りたい産業を国営化して、その重要な産業がつぶれないようにしている。インフラや農業は、多くの国で保護対象になる。なぜか。ここが潰れれば、一気に国民生活に影響が出るからだ。

根幹部分を持っていかれると、場合によっては国が回らなくなってしまうのだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

国民の多くは「安ければ何でも良い」

実は、この政府が保護する分野というのは、そこが乗っ取られたら国民生活が急激に困窮していく部分なのである。

たとえば、電気・ガス・水道を考えてほしい。この部分を外国企業に乗っ取られて、外国企業が儲かるためにどんどん値段を釣り上げたらどうなるのか。電気・ガス・水道が二倍、三倍になっていったら生活できなくなる層もいるはずだ。

だから政府はこの部分を保護して、国民が困窮しないようにしている。

そうであれば、外国企業がある国を乗っ取るには、この部分を掌握すればいいということになる。まず政治家を買収して、保護貿易を止めさせる法律を策定させて、重要なインフラをすべて民営化して、それを乗っ取ればいいのだ。

政治力と資金力のある外国企業は、場合によっては圧倒的な競争力でその分野を乗っ取ることが可能になる。

この乗っ取り方法で、乗っ取りたい側が常に訴えるのが「自由」という甘美な言葉なのである。たとえば、このような言い方をする。

「自由競争は重要です。競争によって企業同士が切磋琢磨して新しいサービス、安い商品が手に入るようになります」

自由競争によって、安い商品が怒濤のように入ってくるのは間違いではない。国民は常に安い商品を求めている。国民が欲しいのは自国製品ではなく、安い製品なのである。

新自由主義、構造改革、民営化によって、安い製品やサービスが入ってきたとき、それを提供しているのは外国企業の製品であるということを多くの国民は気付いている。

しかし、国民の少なからずは「安ければ何でも良い」ので、安い製品を買うことに躊躇はない。

その結果、安い外国企業の製品が市場を独占し、自国の産業は潰れていく。

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裏側の弊害やダメージの方は絶対に語られることはない

この自由競争の物語は続きがある。国をすべて乗っ取るには、ここからが本番だ。

外国企業はある国に自由競争を取り入れさせると、そこで自分たちが市場を独占したと悟られないように、弱体化した地場産業を買収して、その地場産業のブランドを残しつつ市場独占を進めていく。

国民は自国製品を買っているつもりでいるのだが、実はもう外国企業の手に落ちているので、自国のものではなくなってしまっている。

ブランドが残されると、それが外国企業であることに多くの国民が気付かないのである。それで、自由競争が行われていると勘違いするのだが、その裏では産業の乗っ取りと独占が粛々と行われているということになる。

市場を乗っ取り、市場を独占することが可能になると、その市場からは永遠に利益を吸い上げることが可能になる。

企業にとっては「利益」こそが生きる養分であり、利益を第一に動く。最も安定的かつ永続的な利益は、独占から生まれる。国を丸ごと乗っ取れば、その国から永続的に利益が吸い上げられる。

だから「自由」という言葉を表に出して、「乗っ取り=独占」という裏の意図を見えなくするのである。

(1)自由競争によって、世の中は発展していく。
(2)自由競争によって、どんどん良い物が生まれる。

このような神話は、資本主義社会に生きる私たちの誰もが脳に刻み込まれ、それが正しいものであると信じ込まされている。しかし、物事には表があれば裏もある。この裏側の弊害やダメージの方は絶対に語られることはない。

都合が悪いからだ。

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大事な部分を乗っ取られて国がめちゃくちゃになる

忘れてはならないことがある。競争は美しいというのは、「条件が同じ」であった場合である。資本や組織力に圧倒的な差があった場合の競争は、強者が弱者を踏みつぶす残酷ショーと化する。

時価総額が1兆円の企業と10億円の企業とでは、その差は1000倍にもなる。社員10万人の企業と社員100人の企業とでも、その差は1000倍になる。

普通、これほどの差があった場合、同じ土俵では競争は成立しない。スポーツの世界で言うと、大人と赤ん坊が格闘技で戦うようなものである。それをするのが「自由」競争である。

競争の対象が洗剤やヒゲ剃り用のカミソリであれば、別に独占されたところで何と言うこともないと言えるかもしれない。

しかし、銀行や農業や医療や水道や電気と言ったインフラを外国企業に独占されると、「それが資本主義だ」と鷹揚に構えていられなくなっていく。

外国企業が国民の生命に関わるインフラ部分を掌握し、値段を吊り上げることによって国民の生活を危機に陥れることが可能になるからだ。

外国企業が水道事業を掌握し、ある日「水道料金を2倍にする」と言われても、国民は水道を拒絶することはできない。水が出ない家で人は暮らせない。

電気を外国企業に掌握され、ある日、電気料金を2倍にすると言われても、国民は「では、明日から電気は要らない」と言うことはできない。もちろん、ガスも同様だ。

アメリカは医療制度すらも民営化したことによって、「より良い治療を行って欲しければ、もっと金を出せ」という弱肉強食の世界になっていった。その結果、自分が病気になったり家族が病気になったりして「破産」する国民が増えた。

自分の痛みは我慢できても、自分の家族の痛みは何としてでも治して上げたい。金よりも家族の健康の方が重要なのだから、家族には選択の余地などない。

こういった国民の福祉や行政に関する部分には自由な競争を取り入れたらいけないというのが普通の考え方である。

しかし、「自由」という言葉に騙されると、大事な部分を乗っ取られて国がめちゃくちゃになってしまうこともあるのだ。美しい言葉には棘(とげ)がある。美しい物事には裏がある。私たちはそれを忘れてはならないはずだ。(written by 鈴木傾城)

もし、電気・ガス・水道のすべてが二倍に三倍に上がっていったら、国民生活はめちゃくちゃになるはずだ。「自由競争は重要です。競争によって企業同士が切磋琢磨して新しいサービス、安い商品が手に入るようになります」と言われて、インフラを乗っ取られると、そうなっても不思議ではない。

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