「お前たちはカネを持っているはずだ。奪ってやる」という社会に向かう

「お前たちはカネを持っているはずだ。奪ってやる」という社会に向かう

嘘でも何でも、カネが取れれば他人を踏みにじってもいいと考える。これは弱肉強食の資本主義の行き着いた姿である。日本の夜の世界ではホストを巡ってこうした度を過ぎた弱肉強食が蔓延しているのが分かっている。

マスコミはホストを囃し立てているのだが、その裏側で彼らの強引であこぎな「営業」の犠牲になって破産したり自殺したりする女性が次々と出ている。今、歌舞伎町では「空から人が降ってくる街」になっている。(ブラックアジア:空から人が降ってくる街、歌舞伎町。境界線を踏み越えたら助からない

ホストにカネも身体も骨の髄までむしゃぶり尽くされた女性たちが、すべて奪われた後に正気にかえり、そのまま死んでいく。あまりにも次々に死ぬので歌舞伎町では自殺の名所まで出てくる始末だ。(ブラックアジア:歌舞伎町の自殺の名所。ホストに疲れた女たちはここで飛び降りる

日本人が「カネこそすべて」と傲慢になって弱肉強食の資本主義に染まったのは1980年代後半のバブル期だったが、1990年代になるとバブルは崩壊して「カネこそすべて」は急速にしぼんでいった。

しかし、2000年頃からグローバル化が日本内部にも浸透していくと、「カネこそすべて」はむしろ強烈な反動で人々を揺り動かしていくことになった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

弱肉強食の資本主義が蔓延すると社会は間違いなく荒廃

経営者は正社員を減らして人件費を削減し、自らの年俸をアップさせていた。「カネで何でも買える」と豪語する経営者も出てきていた。

国民のカネを詐取する公務員もいた。政治家は不必要な工事を行って税金を投入し、そこからリベートとしてバックさせていた。宗教団体は無税を享受し、葬式で戒名に数十万もの金額をぼったくっていた。

官僚たちは不必要な組織を作ってそこに天下りして税金を奪い取っていた。証券会社は「手っ取り早く儲けられる」とFX(為替証拠金取引)やデイトレードのようなギャンブルを投資と煽って人々をカネに追い立てた。

FXが規制されると、今度は仮想通貨に舞台を移して「買えば儲かる、買わない奴は人間ではない」と煽り立てていた。金融業者は、資本主義をバクチ場に見立てて、人々に伸るか反るかのバクチを「投資」と言って煽り立てたのだ。

そして、バクチに勝った者が負けた者のカネを総取りし、それを賛美するような世の中になった。

気が付けば、日本でも弱肉強食の資本主義が着々と深まっていき、育っていたのである。こうした弱肉強食の資本主義が蔓延すると社会は間違いなく荒廃していく。

弱肉強食の資本主義の根本は「自分さえ良ければいい」「自分が儲かれば、他人が泣いてもいい」「世の中に貢献しようがしまいが、儲かりさえすればいい」というものだから、これで世の中が良くなるはずがない。荒廃して当然なのだ。

こうした社会は徹底的な利己主義を増長させる。最終的には、思いやりも、愛情も喪失させる歪んだ社会を生み出す。

格差が広がっていくと、最初は格差を何とかしようと問題意識を持った人々が救済に入るのだが、社会が格差を作り出す構図が止められないのであれば、救済する以上に格差が蔓延し、やがてそれは一般化していくのだ。

そして、人々はどうなるのか。格差を「受け入れる」のである。

ブラックアジアでは有料会員を募集しています。よりディープな世界へお越し下さい。

「他人を騙してでも脅してでもカネを奪おう」と決意する

このような弱肉強食の資本主義が社会を覆い尽くすと、どうなるのか。もっと短絡的で、残酷で、救いのない事件が、次から次へと現れていく。「自分さえ良ければいい」のだから、他人から奪う社会が誕生するのだ。

実は、これから日本を覆い尽くしていこうとする弱肉強食の資本主義は、一足先にそれを取り入れたアメリカのような国では当たり前に見られる社会現象だ。

成功者は賛美されるのだが、失敗者は顧みられない。豊かな人間はより豊かになっていき、堕ちた人間はよりどん底に突き落とされる。

自家用ジェット機で世界のリゾート地を飛び回ってバカンスに明け暮れる富裕層がいる一方で、ホームレスになってダンボールの中で寝るしかない人々がいる。それが「当たり前」として許容される。(ブラックアジア:欧米では女性ホームレスも当たり前。日本だけがそうならないとでも?

弱肉強食の資本主義は、貧困層が持てるものをすべて奪われていく中で強化されていく。それは、経済的な格差を拡大させ、固定させる。いったん固定化されたら、貧困が遺伝のように継承される。そして、どうなるのか。堕とされた人間は、ある時このように考えるのである。

「奪ってやる」

持たざる者が底辺に叩き落とされたとき、そこから這い上がるには持っている人間から奪い取るしかないと思うようになる。「努力して這い上がろう」とか「向上心を持って地道にやろう」という希望が貧困の固定化で打ち砕かれると、生まれるのは弱肉強食の資本主義に対する「怒り」でしかない。

精神的にも余裕をなくし、日々の食事にも事欠く。そんな中で、目の前にカネを持っている人間が通りかかったら、「脅してでも殺してでもカネを奪おう」と決意する人間が出てきても不思議ではない。

「お前たちはカネを持っているはずだ。奪ってやる」

そういった憎悪にも似た感情が、持たざる者の中から生み出されていく。そして、それが蔓延したとき、弱肉強食の資本主義は社会を一気に荒廃させていく。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

愛も慈しみもカネにならないので評価されない

弱肉強食の資本主義は、そうした苛烈な資本主義に合ったビジネスライクな人間がのし上がっていく社会だ。事業的才覚と豪胆な決断力と強運を持った人間が強欲に動き回り、苛烈な競争を生み出して、勝ち組と負け組を鮮明にさせる。

いまや普通の人々は、グローバル経済に叩きのめされて将来に対して不安どころか恐怖すらも感じるようになっている。

当然だ。企業も弱肉強食の資本主義の中で変質している。

つまり、企業は株主と経営者を富ませて労働者をコストとして切り捨てる体質になっている。今までのように会社を支える従業員のひとりとして一生懸命に働いても、会社側がコスト削減を思い立ったら、あっさりと切り捨てられる。(フルインベスト:労働の価値が下がり、ますます働く者が報われない社会になっていく理由

人々は社会の底辺に転がり堕ちないように必死になって踏みとどまり、何とかこの資本主義の中で生きていけるように悪戦苦闘する。しかし、足元は限りなく不安定になっている。

いったん競争に敗れて社会の底部に転がり落ちていくと、這い上がれない。焦燥感や自暴自棄が生み出され、そこから堕とされた人々も「カネが手に入るなら、何でもする」という発想になっていく。

「エリートも儲けるために、やりたい放題やっているではないか。奴らがやっているのなら、俺たちもそうやって何が悪い」

だから、弱肉強食の資本主義になると、必然的に社会の底辺も弱肉強食と化していき、他人を騙しても脅しても「奪う」ようになっていく。嘘でも何でも、カネが取れれば他人を踏みにじってもいいと考え、それを実行するようになるのだ。

日本社会も「カネこそすべて」がすっかり定着するようになっている。

これが社会に何をもたらし、どのようなインパクトを与えるのかに気づいている人々はそれほど多くない。それは、社会を荒廃させていき、やがては地獄のような社会を出現させるのである。

弱肉強食の資本主義では、愛も慈しみもカネにならないので評価されない。カネしか評価されない。そうであれば、他人から奪ってでもカネを儲けたいと思う人間が主流になって何が驚きなのだろうか。(written by 鈴木傾城)

遠い昔の日本の光景だと思うだろうか。まさか。つい最近、鈴木傾城が横浜のとある地区で撮った写真だ。こうした光景が社会に何をもたらし、どのようなインパクトを与えるのかに気づいている人々は、今はまだそれほど多くない。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

経済カテゴリの最新記事